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時計市場で注目すべき(予測ではない)4つのこと。

ご心配なく。これはまたそれと異なる予測記事ではないし、いかに小振りな時計が“流行”しているかについて話すつもりもない。2月中旬なんて予測の期限を過ぎているし、そもそも予測を立てること自体あまり好きではない。その代わりに、2024年がおよそ2カ月終わった今、すでに起こっていることと、そして今年中に見られるかもしれないほかのことについて話をしよう。

小振りな時計のトレンドは少し誇張されているように感じるが、ドレッシーなものや金無垢への関心が続いているのは事実かもしれない。スティールウォッチに対する純粋な関心、少なくとも、いいものへの純粋な関心はどこにも消えてはいない。あくまでも該当するのは投機的なものだ。

 その一方で、2024年に期待することについて尋ねると、 人々が口にしたのは“拡大していく”というワードだった。

 最近、GQ誌が数字を分析したところ、実際には時計のサイズは小さくなっていないと指摘した(そのように感じるかもしれないが)。各ブランドはより多くの小ぶり時計をリリースしているが、それらのリリースは既存のカタログの延長線上に過ぎない。チューダーは37mmのブラックベイ54を投入したかもしれないが、より大型のブラックベイはどこにも行かないだろう。

 ブランドは、コレクターがまさにそれを求めていることを認識して、提供するラインナップを広げている。しかし、これはサイズだけにとどまらない。スポーツウォッチの覇権を握る時代は終わった。コレクターはあらゆる収集における種類のコーナーを発見(または再発見)している。カルティエやピアジェだけでなく、もっと小さくてドレッシーなものまでだ。

iwc cloissone enamel dial
もうひとつのエナメル文字盤について、私は考えすぎてしまう。写真は昨年12月に開催されたクリスティーズにて、2万7720ドル(日本円で約420万円)で落札された、美しいクロワゾネエナメル文字盤のIWC。

 このような嗜好の広がりは2024年も続くだろう。2020年や2014年と比べて、時計に関心を持つ人は非常に増え、あらゆる観点から時計に注目している。

 大衆の意識を捉えてしまうほどのニッチさを予測できるほど大胆ではないため、私が興味を抱いているものをいくつか紹介しよう。これらに交渉の余地はない。ジャガー・ルクルトからアメリカンウォッチブランド(エルジン、ハミルトン)まで、アール・デコ全般。そしてエナメル文字盤だ。昨年、サンドロ・フラティーニ(Sandro Fratini)氏のエナメルコレクションのごく一部を見たと書いたが、今でも毎日のように考えている。ほとんどの場合、私は時計を“芸術”だと思っていないが、エナメル文字盤は例外だ。そして最後にジョン・リアドン(John Reardon)氏が何年も前から話している、パテックのエリプスだ。

勝者と敗者
vacheron 222 gold diamonds
 市場に“調整”があったとはいえ、これは単にパンデミック前の水準と成長率に戻ったことを意味する。オークショナーのフィリップスは、これを説明するためにいくつかの数字を示した。

 時計オークション全体で、フィリップスの2019年の登録パドル(入札者)は8097本だった。さらに2023年には1万3747パドルと、70%増加した。一方でフィリップスでの購入者の平均年齢は、同じ期間で集計したところ57歳から50歳にまで減少している。時計は成長を続けるが、どんどん若返っているのだ。2023年のオークションは2022年に比べて若干減少したものの、長期的な傾向では依然として上向きだ。

 しかし、だからといって価格が同じ方向に向かっているわけではない。

breguet chronograph
ブレゲやブランパンなどのブランドによる90年代の複雑時計製造には、未だわくわくさせられるものがある。

 モルガン・スタンレーがWatchChartsと共同で毎月発表している時計市場に関する最新レポートによると、2024年第4四半期の流通市場での価格は7四半期連続で低下した。

 レポートは、“流通市場への価格圧力はあと6カ月続く可能性がある”とし、平均在庫年数を引き合いに出している。これは一部のディーラーが、古い在庫の損失計上をまだ控えていることを示唆している。これにより、少なくとも2024年前半は価格が下落し続ける可能性があるのだ。

 地球上で最も有名な人物が、文字どおり首に時計を巻いているのだから、時計への関心はどこにも行かないような気がする。そして価格は下がり続けており、おそらく今年のどこかの時点で底を打つだろうから、それは時計に興味のある人にさらなる購入機会を提供することになるかもしれない。

cartier bamboo coussin
見苦しいと思うかもしれないが、カルティエ バンブー クッションは明らかに勝者である。この例は最近、LoupeThisで6万7000ドル(日本円で約1005万円)で落札された。

longines 13zn
一方でスペシャルなロンジンへの関心も依然として高い。この13ZNは今週、小さなオークションハウスにて、3万6000ドル(日本円で約540万円)で落札されている。Image: Rich Fordon

 ちなみに価格は全面的に下がっているというわけではない。特別な時計にはまだまだスペシャルな価格がついている。以下一例だ。

1991年製のカルティエ パリ クラッシュが先週、15万2800ユーロ(日本円で約2475万円)で落札。ピーク時より下がったものの、それでも非常に好調な結果だ。
ロンジン 13ZN “ドッピア・ランチェッタ”が小さなオークションハウスにて3万6000ドル(日本円で約540万円)で落札され、話題を呼んだ。
別のカルティエ “バンブー”は6万7100ドル(日本円で約1005万円)で販売された。
Artcurialが2024年に初めて販売した時計は、ネオヴィンテージのブレゲとブランパン(パテックとロレックスも)を中心に、ほぼ全面的に好調な結果を収めた。
 しかしすべてが右肩上がりなわけではない。これらのオークションの結果を見てみると、不振の時計も目につく。準備期間中、買い手は時計を買う理由を探した。しかし不確定要素が多いために、コレクターたちは時計を買わない理由も探している。それはコンディション、価格、または単に雰囲気が悪いだけであったりだ。

“今は普通のSS製デイトジャストを手放すことはできない”というのが、私が話を聞いた人たちの共通の意見だった。今、時計を売るのは誰にとっても簡単なことではない。一般的な量産モデルの場合は特にだ。

 全面的に、この二極化は続くだろう。大手ブランドは今後も成長を続け、最も重要なモデルの需要が増加する。同じことが大手独立時計メーカーにも起こり、残りのメーカーは遅れを取るだろう。

再三にわたり話題に上るオメガについて
vintage omega speedmaster
ヴィンテージオメガ、あなたがいなくて寂しいよ!

 昨年、オークションの世界ではあまりにも多くの論争が起きたが、最大の論争は、フィリップスが販売しレコードを樹立したトロピカルオメガ スピードマスターがフランケンウォッチであったと判明したことだ。それ以来、スピードマスター市場は生命維持装置につながれている。時計オークション史上最大の論争を呼んだ1本が市場を冷え込ませたのだ。オークションハウスがリスクを冒してスピードマスターを出品しても、多くの場合、売れ行きが悪かったり売れなかったりする。

 これは完全に理解できるが、オメガの話をするのがちょっと恋しい。ヴィンテージスピーディ、そしてより広い意味でのヴィンテージオメガの時計は本当に素晴らしいのだ。そのカタログも実に多彩だ。スピーディからシーマスター、コンステレーション、30T2まで、あらゆるタイプのコレクターが楽しめる。

 2024年、私たちは再びオメガについて語るだろう。同ブランドのヴィンテージカタログが永遠に無視されるには、あまりにも素晴らしいものばかりなのだ。

ガラスの国のアリス

 最後に、これは予測というより希望に近い。ジャーナリストのクリス・ホール(Chris Hall)氏は最近、現代のブランドがもっとうまくやれる分野として“透明性”を挙げた。私の希望は、ディーラーやオークションハウスもこのことに着目することだ。

 昨年のオークション論争の多くは透明性を高めることで解決できたか、少なくとも緩和はできたはずだ。より優れた状態のレポート、財務上の利害関係の明確な開示など。

 一方でもし2024年、あなたが自尊心の高い時計ディーラーならウェブサイトに自分の名前、それと理想であれば写真も載せた、シンプルな“アバウト”ページの開設を求めるのは高望みだろうか? 私はしばしば、操作の背後にいる実際の人間を把握するために、P.I.(計画・実施の過程に関係する利用者に情報を公開したうえで、広く意見を求めてそれを反映する役割)を演じていることに気づく。

 また、Instagramが素晴らしいのは知っているが、ディーラーの販売やリスティングの歴史的なアーカイブもあれば、物事が横道に逸れても(また実際にそうなるのだが)、実際に記録が残るからいい。最後に、あまりにも多くのディーラーが“コレクター”を装っている。私たちは皆、時計が大好きで、情熱と職業のあいだに線を引くのが難しいことも理解している。時計を売買してお金を稼ぐのは構わないが、正直に言って欲しい。たくさんやって利益を出そうとしているのであれば、コミュニティに対して透明性を持つべきだ。なぜなら、そうすることで別の義務や期待が生じるからである。

カルティエはアイコニックな(と、本気で言っている)パンテール ドゥ カルティエを再リリースした。

告白しなければならないことがある。女性用の時計は小さすぎると文句を言い、36mmはどんな女性にもぴったりのサイズだと主張してきたわたし、カーラ・バレットは、小さな時計への愛を再発見した。わかっている、偽善だってことは! しかしファッションやスタイルとはそういうものだ。波はあるし流れもある。それは時計も例外ではない。この小振りウォッチへの新たな関心について言えば、原因がひとつある。それは新しいパンテール ドゥ カルティエだ。

パンテール ドゥ カルティエの新作トリオ。左からツートンのスモール、スティールのミディアム、ローズゴールドのミディアム。

 この1月(2017年1月)に、カルティエはアイコニックな(と、本気で言っている)パンテール ドゥ カルティエを再リリースした。この時計は、1980年代の名だたる顧客に向けて販売されていたマスト ドゥ カルティエ時代に初めて発表されたもので、それ以来、常に定番ラインとして位置付けられている。この新しいバージョンを見たとき、わたしはすぐにこの時計を理解し、一刻も早く手首につけてレビューしなければならないと思った。

ちょっとした歴史
 タンクと違い、パンテールの知名度はそれほど高くない。華やかな全盛期である1983年に初めて発表されたパンテールは、その洗練されたデザイン、隠しクラスプ、連結されたリンクブレスレットが賞賛された。そして、男女問わず名だたるセレブリティのあいだで瞬く間に大ヒットし、その著名なオーナーのなかにはピアース・ブロスナン(Pierce Brosnan)やキース・リチャーズ(Keith Richards)などのセレブもいた(下のブロスナンの写真が好きでたまらない)。スタジオ54が街で最もホットなナイトクラブであり、華やかさがすべてだった時代に、この時計がヒットしたのも当然だろう。

 このような時計の影響を十分に理解するためには、当時の状況を知ることが重要である。1964年にピエール・カルティエ(Pierre Cartier)が亡くなったあと、彼の2人の子どもと甥が家業の売却に乗り出した。その結果、会社はカルティエ・ニューヨーク、カルティエ・パリ、カルティエ・ロンドンの3つの半独立企業へと分割され、それぞれが異なる時期に異なる製品を生産するようになる。これによりブランド戦略にばらつきが生まれ、それぞれの拠点が独自性を発揮できるようになった。その一例として、カルティエ・ニューヨークが1971年に金メッキのSS製タンクを150ドル(当時の相場で約5万3000円)で販売し始めた。当時としては前代未聞のことであり、多くの長年の愛用者の目にはブランドイメージを大きく損なうものに映った。

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pierce brosnan watch
パンテール ドゥ カルティエを着用するピアース・ブロスナン。Photo: courtesy of Revolution

keith richards and mick jagger watches
パンテール ドゥ カルティエを着用したキース・リチャーズ。奥にいるのはミック・ジャガー(Mick Jagger)。Photo: courtesy of Revolution)

 当時、カルティエは究極のラグジュアリーブランドであり、1970年代までは超高級品かつ天文学的な価格で、非常に高品質なものを製造していたと覚えておく必要がある(例えばミステリークロック、個性的なシャッターウォッチ、華麗なシガレットケースなどを手がけていた)。そのため金メッキの時計を売ることは、たとえその時計が商業的にかなりうまくいったとしても冒涜的な行為であった。イメージは損なわれたものの、カルティエが投資家グループに買収されたあと、この安価な時計のアイデアは、1977年のマスト ドゥ カルティエ コレクションにつながった。同コレクションはジョゼフ・カヌイ(Joseph Kanoui、投資家グループを集めてカルティエ・パリを買収した)、アラン・ドミニク・ペラン(Alain Dominique Perrin)、ロベルト・ホック(Robert Hocq)の発案によるものである。コレクションはさまざまなシェイプで展開され、また金メッキされたシルバーで生産されていたため、よりリーズナブルな価格設定を実現していた。それはブランドを再構築し、より幅広いユーザーにアピールするための方法であり(今日、モンブランやタグ・ホイヤーがスマートウォッチを製造しているように)、そしてクォーツムーブメントが登場したことで、それはより一層身近なものになった。

panthere de cartier medium steel
SS製で、独特のねじ込み式ベゼルを備えたミディアムサイズのパンテール ドゥ カルティエ。

 ではこれがパンテールと何の関係があるのか? 念のため言っておくと、パンテールはマスト ドゥ カルティエのコレクションには含まれていない。だからこそ、特定の顧客層には大ヒットしたのだろう。さらに、当時は市場に出回る新鮮なデザインがそれほど多くなかったため、パンテールはさらに魅力的に映ったのだ。しかし1983年にパンテール発表というタイミングで最も興味深いのは、シンプルなレディスウォッチでありながら、手頃な価格の時計が増えつつあった時代にカルティエがリリースしたものであり、世界市場で足場を取り戻そうとしているヘリテージメゾンにとっては救世主的なコレクションだったに違いないということだ。ミニサイズ、スモールサイズ、ミィデアムサイズ、ラージサイズが用意され、ツートン、イエローゴールドカラー(1991年にはSSモデルも登場している)が発売された。しかしパンテールは2000年代初頭に姿を消し、カルティエのラインナップに穴を開けたまま現在に至っていた。

新しいパンテール
 パンテールは、初代サントスをベースにしたかのようなレディスウォッチだが、カルティエはそのような説明は一切していない。ただサントスと同じようなスクエアケースに、8本の小さなネジで固定されたベゼルが特徴だ。クラシカルなフラットホワイトの文字盤に細長いローマ数字、そして10時の“X”には秘密の“カルティエ”シグネチャーをあしらっている。

 デザインは大胆だが控えめであり、実用的である。これが成功の秘訣であり、多くの人を魅了する理由なのだ。サイズはスモールサイズ(22mm)とミディアム(27mm)があり、RG、YG、SS、ツートンカラーで展開。ほかにもブラックラッカー仕上げのリンクがついたものなど、いくつかのバージョンがあるが、それらはハイジュエリーの領域に入っている。今回のレビューでは、SSのミディアムサイズに焦点を当てているが、わたしにとっては最高の普段使いの選択のように思う。

cartier panther steel watch
クラシカルなホワイト ダイヤルには、10時位置の“X”に隠れたシグネチャーをはじめ、カルティエに求められる小さなデザイン上の工夫が随所に施されている。

 これは一般的なスクエアケースに見えるかもしれないが、そうではない。スクエアウォッチはニッチな層しか魅力を感じないことが多いが、パンテールはそのデザインの複雑さと精巧さによって、より普遍的な魅力を演出している。特に湾曲したエッジと、すぐにそれとわかるねじ込み式ベゼルは、この時計を際立たせているものだ。

 ダイヤルは角が丸みを帯びたSS製スクエアベゼルで囲まれており、先ほど述べたように8本のネジで固定されている(裏蓋にも同じものがある)。ケースデザインで興味深いのは、カーブしたラグとリューズガードである。どちらも見た目は流動的で、取るに足らないものに感じるかもしれないが、時計全体のデザインを引き立てている。これらがなければ躍動感はまったく感じないだろう。

cartier caseback
パンテール ドゥ カルティエの裏蓋には、ベゼルと同様に8本のネジを配している。

 この時計で2番目に重要なのがブレスレットだ。このブレスレットが発売された当初、人々は汎用性と、その洗練された外観を称賛した。サテン仕上げの大きなセンターリンクを持つパンテールのブレスレットは、工業的な雰囲気を持つタンクのブレスレットと異なり、小さなレンガのようなリンクでつながれている。これらはレンガパターンに配置され、リンクの上部と下部で内部的に互いに取り付けられている。さらに重量が軽減されたリンク自体がカーブしているため、より多くの動きが可能になり、快適に着用できるようになっているのだ。

panther cartier steel on the wrist
SS製のミディアムサイズのパンテール ドゥ カルティエは、しなやかかつ軽量なブレスレットのおかげもあり、常に優れたつけ心地を提供している。

 この時計にはカルティエの定番のクォーツムーブメントを採用している。同社はコストを抑え、コレクションを可能な限り入手しやすく、商業的に成り立つものにしたいと考えていた可能性が高いため、この選択はわたしにとって驚きではない。覚えておいてほしいのは、わたしたちが話しているのはニッチな製品ではないということだ。そのためこの時計がクォーツであることは少しも気にならない。高級時計はこの時計が目指すものではないし、この時計がそうでないと装ってはいないことを高く評価したい。

手首の上で過ごしてみて
 パンテールで最も気に入っているのは、かっちりとした装いの女子大生にも、流行に敏感なファッショニスタにも同じように似合うことだ。誰にでも着こなせるタイムレスな品質で、さまざまな素材とサイズで展開されている。どんなにシンプルに見えても、この時計を自分だけのものにすることができるのだ。

 わたしのお気に入りは一辺が27mm径の、SS製のミディアムサイズだ。RGも美しいが、SSのほうが汎用性が高く、カルティエの最も人気のあるモデルになりそうだ。価格は4600ドル(編注:当時の販売価格は税込で51万300円)と、カルティエウォッチのなかでは低価格帯の部類に入る。

cartier de panthere on the wrist
ミディアムサイズのSS製パンテール ドゥ カルティエは、合わせるものによってカジュアルにもドレッシーにもなる。

 手首に巻いた感触は最高だった。それほどシンプルだということだ。スポーティで洗練されており、エレガントで着用しやすい。これをつけてテニスをしたり(そうできるよう心の準備をしている。このような時計はそう扱うべきだ)、あるいはあまり招待されないブラックタイのガラパーティに出席したりする自分が目に浮かぶ(メットガラ、君のことだ)。この時計と一緒にいる時間が長くなればなるほど、当初発表されたときに人気を集めていた理由がわかった。

Panthère de Cartier steel
リューズのサファイアカボション、先の尖ったリューズガード、ケースのカーブなど、ちょっとしたディテールがこの時計の特徴である。

 先ほども言ったように、ブレスレットがこの時計の魅力の50%を占めている。見た目ももちろん素晴らしいが、つけやすさも重要である。リンクがどのように配置され、またどう相互に接続されているかによって、ブレスレットは手首を挟むことなくフィットし、さらにクラスプの近くにあるスクリューネジでリンクを簡単に調整できる。デプロワイヤントクラスプはオリジナル同様見えないようになっており、片手で簡単に外すことができる。唯一の不満は、ブレスレットのエンドリンクがラグの端ではなくケースに接続されていることだ。これによりラグがほんの少しはみ出し、奇妙な出っ張りができることもあるが、たいしたことではない。

panthere de cartier up close
ダイナミックなSS製ケースとクラシックな文字盤をクローズアップ。細部にまでこだわりが感じられる。

競合モデル
 では、SS製のパンテール ドゥ カルティエに対抗できる時計は、ほかにどんなものがあるだろうか。いくつか候補がある。一番わかりやすいのはカルティエ タンク フランセーズだろう。

large cartier tank francaise
SS製のカルティエ タンク フランセーズ ラージ。

 タンク フランセーズも、ブレスレットが付いたカルティエのスクエア(のような)型SS製ウォッチという意味で似ている。その美しさは熟練された目には審美的にまったく異なるかもしれないが(サテン仕上げ、重厚感のあるブレスレット、レクタンギュラーケースなど)、明らかに同じ系統のものである。しかし、これらの時計は主に審美的な理由で人々に販売されており、その点では、誰かがどちらか一方を望む例がたくさんある。手首につけてみると、タンクとパンテールはまったく違って見え、後者のほうがずっと女性らしい。なお、ミディアムサイズのSS製タンクの価格は3750ドル(当時の相場で約40万7000円)で、同等のパンテールは4600ドルだ。結局のところ、これは個人のスタイル(それと850ドル)にかかっているということだ。

rolex oyster perpetual 36mm
ロレックス オイスターパーペチュアル 36mm。

 市場に出回っていて、パンテールに対抗できるもひとつの時計は36mmのロレックス オイスターパーペチュアルだ。オイスターパーペチュアルはパンテールよりもはるかにスポーティで、価格も5400ドル(当時の相場で約58万7000円)と高いが、SS製ブレスレットが付いたデイリーウォッチとして、役割を簡単に果たすことができるだろう。この時計はまた、自動巻きムーブメントとロレックスの名前の両方をもたらすが、どちらも特定の顧客にとっては明らかに状況を一変させるものだ。

rolex lady datejust
SS製のロレックス レディデイトジャスト 28mm。

 よりいい比較は、2017年のバーゼルワールドにて、3つの新しいバージョンで再発表されたSS製レディデイトジャスト 28mmかもしれない。ピンク文字盤とローマ数字のSSバージョンは、パンテールの繊細な女性らしさに近づくかもしれないが、これもまたカルティエ特有の美学とはかけ離れている。希望小売価格は6300ドル(当時の相場で約68万5000円)と、価格帯も高めだ。

 これらの比較が少し異例で、直接競合しているように感じられないとしたら、それは本当に競合するものが何もないからである。SS製のパンテールはほかでは見られないカルティエのスタイルがすべて詰まっている。正直に言うと、カルティエの時計が欲しい人のほとんどは、カルティエの時計だけが欲しいのだ。人々が購入しようとしているのはスタイル、ブランド、そして歴史なので、ほかのものでは満足できない可能性が高い。

ノダス×レイブンのリーズナブルなGMTウォッチの新作情報です。

これは志を同じくする2つのアメリカンブティックブランドがコラボレートした、お得感満載のフライヤーGMTだ。
 

ご存じだろうか? カリフォルニア発のノダス(Nodus)ウォッチとカンザス発のレイブン(Raven)ウォッチというふたつのスポーツウォッチ専門ブランドとのコラボレーションにより、手頃なトラベルウォッチカテゴリーにまた新たな時計が加わったことを。そこで僕、ジェームズ・“GMT”・ステイシーが、その優れたエントリーモデルについて紹介しよう。結果、ノダスのコントレイルコレクションと、レイブンのトレッカーコレクションから大きなインスピレーションを得て、各ブランドのコアラインナップの要素を組み合わせた時計が誕生した。このふたつのフォーマットは、カリフォルニアを目指して西に向かったアメリカの探検家たちに敬意を表した、超絶マットなトラベルウォッチに仕上げられている。スーパーコピー 激安その名もノダス トレイルトレッカーだ。

 トレイルトレッカーの大まかな特徴から述べると、直径39.5mm、厚さ11.8mm、ラグからラグまで46.6mmのスティール製ウォッチである。200mの防水性、ドリルラグ、サファイア風防、そして堅牢なSS製ソリッドバックを備えたこの製品は、ツータイムゾーンを管理できるアドベンチャーウォッチというロレックスの考えからインスピレーションを得ていることは明白だ。

 定評ある既存のプロポーション、そしてベゼルのデザインからの逸脱は、本モデルにマットなグレートーンのDLC仕上げを全面的に採用しているところにある。この加工により、ケースと付属のSSブレスレットの両方が保護・彩色されるのだ。さらに24時間表示の固定ベゼルには、セラコートセラミックコーティングが施されている。カラーリングは非常にフラットな深みのあるグレーで、ノダスが“クレイ”と呼ぶ、砂のようなブラウンのカラーリングがほんの少しだけ含まれている。同処理は時計を手首につけた際、チタンを誇張したような(この時計には基本的に光沢がまったくない)独特の体験をもたらすほか、視認性の高い文字盤デザインのための土台を形成している。
 僕は過去に、ダイバーズウォッチであるトレッカーコレクションをはじめ、レイブンのスポーツウォッチと長く過ごしていたことがある。彼らは過去10年間にわたって、“マイクロブランド”の概念を確立するのに貢献した時計を提供し続けており、僕は今でもこのブランドのファンであり続けている。数年前、マイクロブランド(もしかしたら“ブティック”ブランドという表現がぴったりかもしれない)の世界の変化を考察するために、このブランドを取り上げたことさえある。

レイブン トレッカー 39。
 一方ノダスについてだが、僕は過去数年間にわたってこのブランドを追跡してきた。以前のミートアップやWindUpでかなりの数を見かけたが、このブランドの時計を扱った経験はほとんどない。とはいえノダスは、“The Smoking Tire”や“Random Rob”、また“Watch Clicker”といった、熱狂的なファンとコラボレーションをして、適正な価格かつ楽しい時計を製造し、ファンを獲得してきた。
 レイブンと同じように、ブティックブランドの時計を好む方に向けて、ノダスは500ドルから1000ドル(日本円で約7万4000~14万8000円)のカテゴリーにしっかりと位置しながら、デザインとカラーバリエーションを豊富に展開しているとお伝えしておこう。両ブランドとも、おもしろくなりそうなコラボレーションに積極的であり、価値ある製品に注力し続けているため、今後も視野に入れておくメリットはあると言える。

 トレイルトレッカーの話に戻るが、この時計の内部には人気上昇中のミヨタ 9075を搭載している。これは振動数2万8800振動/時の自動巻きムーブメントで、ローカル(メイン)時針を単独セットすると時計の精度や計時を妨げることなく、新しいタイムゾーンにアップデートができる。このムーブメントはシチズングループ傘下のミヨタで作られたもので、シチズン シリーズエイト GMT(税込で22万円)を筆頭に、ブローバ オーシャノグラファー GMT(1295ドル~、日本円で約19万1000円)、ロリエ ヒュドラ SIII(599ドル、日本円で約8万9000円)、そしてヴェアー、リップ、ボルダー、トラスカといったブランドの選択肢(ほんの一部)など、最近エントリーGMT市場に参入したいくつかのブランドで採用されている。
 そんななか、ノダスはその9075を進化させ、ムーブメントを社内で調整し、日差±8秒を実現させた。自宅にタイミングマシンがあるので、受け取ったサンプルで数値を試してみようと思ったのだが、時計を完全に巻いた状態で6つの姿勢位置で計測したところ、平均で日差+7秒だった。悪くない結果だ。

 固定式ベゼルを持つトレイルトレッカーは、ロレックス エクスプローラーII(特に16570だろう)からインスピレーションを得ていることが明らかで、9075に派生した機能性が反映されている。つまりツータイムゾーンを追跡するのに最適なレイアウトと、特定のタイムゾーンから別のタイムゾーンに変更するための特別な機能を備えているのだ。回転ベゼルが、GMTの使い道をどう向上させてくれるのか、詳しく知りたい方はGMTベゼルの使用方法に関するこのガイドを参照して欲しい。トレイルトレッカーのベゼルは回転しないので、機能はこれ以上ないほどわかりやすく、旅行に焦点を当てたこのモデルは、6時位置の日付表示によってその機能を補完している(9075のおかげで、ローカル時針に連動して両方向に調整可能だ)。
 ケースデザインは滑らかで、柔らかなファセットのラグ、突出したリューズガード、ローレット加工をしたブラックリューズを備えている。短いドリルラグは、工具不要なクイックレバーのバネ棒を備えた、隙間のないしっかりとしたエンドリンクを介してブレスレットとつながっている。ブレスレットリンクは細く、快適に着用できるよう連結部分が柔軟で、さらに片側ネジ式(ブレスレットのサイズ調整が非常に簡単にできる)となっている。ラグ幅20mm、クラスプ16mmとテーパーがかったソリッドSSにセットされたクラスプには、プッシュボタン式のクロージャー(留め具)と、NodeXと呼ばれる、完全統合された工具不要のマイクロアジャストシステムを搭載している。

ノダスが開発したNodeXというマイクロアジャストシステムのボタン。その左側に延長できるパーツ部分が見える。
 このシステムはノダス独自のものだが、ほかのブランドへもライセンス提供が可能である。シンプルなボタン操作ながら、クラスプに完全に組み込まれており、10mmの調整が可能なスライド式のエクステンションを解除できる。チューダーのT-Fitシステムよりも使いにくいということはないし、ブレスレットにこの機能を追加してくれるブランドに感謝し続けるのは僕だけではないはずだ。
 僕は何年もブレスレットを避けてきたが、フィット感を細かく調整できるこのコンセプトにより、ブレスレットを身につけるという行為を快適なものにしてくれた。

 少し余談になるが、ブティックブランドは、大規模なブランドでは一般的に不可能な価格とスピード感で真のマニア向け製品を提供して市場を拡大してきたが、これらのブランドが提供する製品が多様化することで、同カテゴリー内でも進化を続けてきた。核となる価値のひとつは、大規模ブランドではしばしば無視される、多くの小さな配慮にある。これはラグに穴をあけたり、ブレスレットに片側ネジを使ったりといった単純なものから、クイックリリースブレスレット、工具を使わないマイクロアジャストシステム、セラコートのような特殊コーティングにまで発展している。



 これらのデザイン要素は、多くのブランドで見られるものではあるが、トレイルトレッカーはその要素を備えるだけでなく、多くの高級SS製スポーツウォッチのブレスレットを買うよりも低価格で提供されている。確かに、これらの要素は平均的な時計購入者にとっては重要ではなく、琴線にも触れないかもしれない。しかしあなたや僕、そして僕たちの(主にオンライン上の)友人といった特定の愛好家にとっては、これらの小さな要素が、ひとつの時計と別の時計を比較検討する際に大きな影響を与える可能性がある。ディテールが重要であり、マイクロ/ブティックブランドの市場が、時計をより使いやすくするための機能を惜しみなく搭載し、価値を提供し続けている姿勢が僕は大好きなのだ。それはさておき、本題に戻ろう。
 手首に装着すると、ノダス トレイルトレッカーはそのプロポーションを最大限に発揮してくれる。比較的軽量でありながら、ノダスの文字やレイブンのロゴが入った視認性の高いマットな仕上がりのダイヤル。そして文字盤の端まで届く、宇宙からでも見えるほど特大なオレンジイエローのGMT針は独特のシェイプを持ち、タクティカルな雰囲気や要素を提供している。

 大型のアプライドインデックスと、それにマッチするサテン仕上げの針を合わせたトレイルトレッカーの夜光には、暗所で青みがかった強い光を放つ、スーパールミノバBGW9を使用。6時位置に配された枠付きの日付表示は、インデックスの代わりとなるよう、ホワイトのデイトホイールにブラックの数字を用い、視認性を高めている。
 僕の7インチ(約17.7cm)の手首に合うサイズのトレイルトレッカーは140gで、特にNodeXのマイクロアジャストシステムのおかげでかなり快適につけられる。フラットリンクと短いラグも、着用時にバランスを保ってくれていた。さらに12時間針と24時間(GMT)針のコントラストにより、タイムゾーンを読み取る際のシンプルさをより高めているのもよかった。

 時計には2つ目のストラップオプションとして、バリスティックファブリックを使用したオリーブグリーンのNATOスタイルストラップが付属している。僕は市場で提供されている、ほとんどのNATO風オプションを試しているが、このストラップと似たようなものに出合ったことがない。柔らかくしなやかでありながら、しっかりとした作りで、カジュアル感がありとてもつけ心地がいいのだ。ノダスとレイブンの完璧なパッケージに加えられた、素晴らしいオプションである。
 結局のところ、前述したロリエと同様に、トレイルトレッカーに関してほとんど不満はない。確かに、個人的にはロレックスを意識していないベゼルデザインを選んで欲しかったが、文字盤のデザインとフルグレーのカラーリングでそのようなつながりを排除しており、もうひとつ似たような別の時計、チューダー ブラックベイ プロ(これもエクスプローラーIIにインスパイアされた時計だ)との距離も置いていると感じる。

 とはいえ定価875ドル(日本円で約12万9000円)のトレイルトレッカーが、ベゼル関連でロレックスに似ているとしても、本当に世も末になるのだろうか? あるいは同じ(少なくとも似ている)ロレックスを連想させるチューダー? いつものように財布事情をベースに投票するのは自分次第だ。しかし僕は16570のエクスプローラーIIを持っていて、似たようなベゼルと見比べたが、それほど気にはならなかった。
 またノダスはロレックスの2倍の防水性能を持ち、チューダーと性能が同等でありながら、それより約3mm薄くなっていることも忘れてはならない(しかも価格は875ドル)。しかもトレイルトレッカーは限定版ではないため、この値段も短期間のみの予約価格ではない。時計は3月15日午前9時(太平表標準時)にノダスを通じて発売される。最近のブティックウォッチにはよくあることだが、生産は数回に分けて計画しているとのこと。これは購入希望者としっかりコミュニケーションが取れていれば、おおむね許容される方法である。

 斬新なムーブメントの利用可能性によって加速するブティックウォッチシーンの現代的な解釈として、トレイルトレッカーはノダスとレイブン、両チームの才能と展望を効果的に表現したプラットフォームだ。
 トレイルトレッカーは文字どおり熱狂的なファン向け製品(つまり超特定の層へと訴えかけるような時計)として、優れたスペック、意味のあるディテール、旅行にも適した機能性、そして希望価格に見合った確かな価値を持つ価格帯のスポーツウォッチが好きな層にアピールする。万人向けの時計か? それは違う。ただそれがマニアの選択の楽しみでもある。この場合、僕は確かに超特定の層のなかにいるし、皆さんの多くも僕と同じだと思う。

バーゼルフェアで3つのプロトタイプ・シンプリシティを発表した。

3本のうち、ふたつはギヨシェダイヤルのホワイトゴールドモデル。ひとつはデュフォー氏本人が個人的に所有し、もうひとつはのちにフィリップ・デュフォーの日本代理店であるシェルマンの、当時の社長だった磯貝吉秀氏に贈られたという。そして残る1本が、ホワイトラッカーダイヤルのピンクゴールドモデルだ。これらの時計(デュフォー氏所有のもの以外)は2000年のバーゼルフェア後、フィリップ・デュフォーの時計を求める顧客に見せるための展示ピースとしてシェルマンに預けられたのだという。オークションに出品されたのは、ホワイトラッカーダイヤルのPGモデルだった。そしてオーナーは、その時計をデュフォー氏本人とシェルマンの許可を得て出品したようだった。

磯貝氏に贈られたという、もうひとつのプロトタイプ・シンプリシティはいまも彼が所有していた。別件で磯貝氏にコントタクトを取る最中、筆者は彼が所有するというプロトタイプ・シンプリシティを見せてもらう機会を得た。時計はもちろん素晴らしいものであったが、それ以上に興味深いこの時計にまつわるバックストーリーを知ることができた。

「コロナ禍もあって僕が仙人みたいな生活をしているあいだに、あのプロトタイプのシンプリシティはそんなことになっていたんですね」

ご存じの方も少なくないと思うが、磯貝氏は2018年にシェルマンの代表取締役を退任した。その後はどうやら時計業界とは積極的に関わることなく過ごしていたらしく、プロトタイプ・シンプリシティのひとつがオークションに出品されていたことは今回の取材があるまで知らなかったようだ。そもそも2本のプロトタイプ・シンプリシティはどのような経緯で磯貝氏に、シェルマンに贈られたのだろうか。彼は快くその詳細を語ってくれたが、その全貌を知るには、デュフォー氏と磯貝氏の関係についても少し知っておく必要がある。

時計師たちが嬉々としてこだわりの時計を作り発表していたアカデミー黎明期
 1980年代終わり頃からバーゼルフェアを訪れるようになった磯貝氏は、当時スヴェン・アンデルセン、フォルジェという独立時計師ブランドを扱っていた関係で、1987年から出展していた独立時計師アカデミー(通称はアカデミー。1985年に設立)のブースへも当初から通っていた。当時の独立時計師たちの評価はいまとは異なるもので、それほど注目されることもなく、メインホールから離れた倉庫のような会場(ホール5)の片隅で自身のこだわり満載の作品をひっそりと展示・発表しているような状況だったという。

 1990年代になると、日本では時計ブームが起こり時計専門誌が次々に創刊されたが、超絶技巧が光るアカデミーメンバーたちの作品は日本の時計愛好家たちの嗜好にマッチ。アカデミーと懇意にしていた磯貝氏が協力して日本のメディアが取材に訪れ、独立時計師の作品が日本に紹介されるようになり、次第に日本以外でも名声を得るようになっていった。そのなかで磯貝氏と付き合いを深めていった独立時計師のひとりがフィリップ・デュフォー氏だった。

 「グラン&プチソヌリ ミニッツリピーター(1992年発表。83年にデュフォー氏が作り上げた懐中時計版ムーブメントを腕時計サイズに縮小して完成)、デュアリティー(1996年発表)と、ユニークな時計を作っていることはもちろん知っていましたが、実はデュフォーさんとのお付き合いが本格的に始まったのは2000年からでした。その年のバーゼルフェアで新作として発表されたシンプリシティにひと目惚れして、ぜひ取り扱わせて欲しいとオファーをしたのがすべての始まりです。そして会場で展示されていたのが、プロトタイプのシンプリシティでした」(磯貝氏)

 当時のデュフォー氏は孤高の人という印象だったらしく、代理店を望まず、直接エンドユーザーに自身の時計について説明し、本当にその時計を理解できた人にしか売らない、というようなスタンスだったそうだ。デカ厚時計が全盛のなか、34mm(37mmモデルも当初から作られていた)という小さなサイズで、ヴィンテージのパテック フィリップのような最高の職人の手で丹精込めて徹底的に作りこまれた、繊細でありながら力強く美しいシンプリシティに感銘を受けた磯貝氏は、自身の時計に対する考え方や、日本の時計愛好家のことなどさまざまなことを熱心に彼に伝え、デュフォー氏の作品を取り扱わせて欲しいとお願いした。それに対し、デュフォー氏は磯貝氏の考え方を高く評価し、その提案を喜んで受け入れてくれたという。

自身の工房から窓越しに外を眺めた様子を再現したバーゼルフェアでフィリップ・デュフォー氏の展示ブース。2000年。写真は磯貝氏の提供。
 シンプリシティの価格は、当時の価格で3万4000スイスフラン(当時の日本での販売価格は約280万円)。いまの感覚からすると破格の印象だが、当時のデュフォー氏は一部の好事家だけが知るような存在で、しかもシンプリシティに比肩する素晴らしい作りを持つパテック フィリップのRef.3796が100万円前後で手に入った時代だ。シンプリシティに関心を持つ人はいても、その価格に尻込みする人は少なくなかった。

 そんな心配をよそに、2000年10月に当時のシェルマン銀座店を会場に開催されたフィリップ・デュフォーのフェアは大成功。そこにはバーゼルフェアの会場で展示されていた2本のプロトタイプ・シンプリシティが日本へ持ち込まれたが、それを見た多くの時計愛好家たちから好評を得たほか、なかでも意外だったのが時計職人たちまでシンプリシティに惚れ込んでいたということだ。

「フェアも成功して、注文も入りました。対してデュフォーさんは当初、1年かけて50本製作すると言ってくれたのですが、結局10数本しかできなかったんです。彼はこだわりの強い人ですからね。ほとんどの作業を自分でやることにこだわるし、作っているうちにここはこうしたい、ああしたい…となって。そうすると3万4000スイスフランという価格設定では成り立たず価格を上げざるを得なくなったり、最初の3年ほどは赤字で時計づくりも大変だったようでした」(磯貝氏)

 注文数は順調に延びていきビジネスとしては順調だったが、時計づくりのほうはスムーズにいかなかったようだ。シンプリシティは200本(当初は100本、その後追加で100本が製作されることになった)製作したらを販売終了としていたが、最後の時計が製作されたのは2013年。2000年の発表から13年もかかったことは、時計好きの方ならご存じだろう。2005年には予約も埋まり、納品は1年、2年と伸びていき、なんと最終的には8年待ちという状況に。そのあいだも、磯貝氏はデュフォー氏の工房をたびたび訪問して彼の時計づくりの状況を伝えたほか、心待ちにしている顧客のためにデュフォー氏からグリーティングカードを送ってもらえるように依頼するなど、心を砕き苦心したという。

「販売が終了したので本来ならプロトタイプは返却しないといけないわけですけど、それこそ何千人という方に紹介してきた時計ですからね。名残り惜しいというか、思い入れが強くなって返すのが惜しくなってしまったんですよ。そこで彼にプロトタイプを売って欲しいと言ったところ、それまでの僕の活動に感謝を込めてプレゼントするよと。どっちがいいかと彼に言われたんですが、デュフォーさんとお揃いになるねということでギヨシェダイヤルのホワイトゴールドモデルをいただくことにしました。そしてもう一方のピンクゴールドモデルも譲り受け、会社に保管しておくことにしたんです」
 そうして磯貝氏の手にやってきた2本のプロトタイプ・シンプリシティ。実は製品版とは異なるところがいくつか存在していた。もっとも大きな違いはテンプ。製品版はチラネジテンプ仕様だったが、なんとプロトタイプはジャイロマックステンプを載せていたのだ。また、通常はシリアルナンバーが刻印されるプレート部分はプロトタイプでは数字がなく、ブランク状態になっていた。

「時計を譲ってもらう際に、製品版と同じように入れ替えて渡そうかとデュフォーさんから言われたんですが、この時計に思い入れがあるから、そのままでいいと伝えました。ただ、もう13年以上も経っている時計でしたからね。じゃあオーバーホールだけはしておこうかということでデュフォーさんに時計を戻したんですが、そのときにシリアルナンバーが刻印されるプレート部分にホワイトゴールドモデルのほうは“Yoshi”、 ピンクゴールドモデルのほうには“000”と彼自ら刻印してくれたんです」

 そして冒頭のPGモデルのプロトタイプ・シンプリシティである。本来であればこの時計はシェルマンに保管されているべき時計のはずだが、磯貝氏のもとに熱心に通っていたあるコレクターの方にどうしても譲って欲しいと頼まれ根負けし、絶対に手放さないことを条件に譲ることになったのだという。
 

ジャガー・ルクルトはふたつの独立した輪列によって構成される革新的なモデル。

ジャガー・ルクルトが2007年に発表したデュオメトルコレクションは、計時用とコンプリケーション用にふたつの香箱と独立した輪列を備えた斬新なものだった。今年、ジャガー・ルクルトはデュオメトル・クロノグラフ・ムーンを筆頭に、新たなデュオメトル3型をリリースした。プラチナケースにコッパーダイヤル、またはローズゴールドのケースにシルバーオパーリンダイヤルのモデルが用意されたクロノグラフ・ムーンは、従来のデュオメトルをベースに、クロノグラフ、ムーンフェイズ、デイナイトインジケーター、6分の1秒計を搭載した新しいジャガー・ルクルト製Cal.391を搭載している。

また、デュオメトル・クロノグラフ・ムーンに加え、デュオメトルのラインナップに2型の時計が投入される。カンティエーム・ルネールの新型と、ヘリオトゥールビヨン・パーペチュアルだ。

プラチナ製のデュオメトル・クロノグラフ・ムーン。
さて、デュオメトル・クロノ・ムーンにフォーカスしてみよう。Cal.391はこれまでのデュオメトルをベースに、ムーンフェイズとデイナイトを組み合わせたモノプッシャークロノグラフであり、ふたつのパワーリザーブ表示とフロドワイヤント(1秒で1回転、6分の1秒刻みでジャンプするクロノグラフ針)を備えている。デュオメトルの革新的な特徴はそのままだ。ふたつの香箱と独立した主ゼンマイが計時とコンプリケーションを司っているが、それらはひとつのキャリバーと脱進機に集約されている。フロドワイヤントはクロノグラフが作動すると同時に回転を始め、6分の1秒単位の計測を可能とする。


Cal.391は、部分的にオープンワークが施されたダイヤルから確認することができ、サファイアのシースルーバックからはその全貌を見ることができる。ムーブメントの一部は透かし彫りになっており、これにより組み立てが容易になっているとジャガー・ルクルトは説明している。ムーブメントには、サンレイパターンのジュネーブ・ストライプなどさまざまな仕上げが施されているように見える。この手巻き式ムーブメントは(各香箱で)50時間のパワーリザーブを備え、振動数は2万1600振動/時だ。

ローズゴールド製のデュオメトル・クロノグラフ・ムーン。
デュオメトル・クロノグラフ・ムーンのケースサイズは直径42.5mm×厚さ14.2mmで、ケースにねじ込まれたラグを含む34個の部品で構成されている。ケース表面にはポリッシュ、サテン、マイクロブラスト仕上げが混在し、防水性能は50mとなっている。

プラチナ製のデュオメトル・クロノグラフ・ムーンの希望小売価格は1425万6000円(税込)、ピンクゴールド製のモデルは1161万6000円(税込)だ。
そして、これだけでは終わらない! デュオメトル・クロノグラフ・ムーンとタイミングを同じくし、ジャガー・ルクルトはカンティエーム・ルネールにもアップデートを施した。従来のものと同様にCal.381を搭載しながらも、今作ではクロノグラフ・ムーンのケースに合わせてリニューアルされたスティール製のケースを採用しており、ブルーのオパーリンダイヤルを備えている。

最後になるが、ジャガー・ルクルトはデュオメトル・ヘリオトゥールビヨン・パーペチュアルカレンダーも発表する。ヘリオトゥールビヨンは、あらゆるポジションで重力の影響を補正するように設計されたジャイロトゥールビヨンの独創的なアイデアを極限まで発展させたものだ。円筒形のヒゲゼンマイを備え、3つのチタン製ケージが3軸で回転する。最初のケージはテンプに対して90°の角度にセットされ、テンプから見て垂直に回転している。ふたつ目のケージはひとつ目のケージと90°の角度をなし、3つ目のケージはさらにふたつ目のケージと垂直に設置されていて60秒ごとに1回転する。これらはすべてセラミック製のベアリングによって支えられており、163個の部品で構成されている。デュオメトル・ヘリオトゥールビヨン・パーペチュアルは20本限定で、希望小売価格は40万ユーロ(日本での価格は要問い合わせ)となっている。

我々の考え

SS製に刷新されたカンティエーム・ルネール。
今年のジャガー・ルクルトは、さながら2007年のときのような盛り上がりを見せている。私は同ブランドを愛しており、昨年のレベルソ・クロノグラフはWatches & Wondersで発表された時計のなかでも特に気に入っている。デュオメトル・クロノグラフ・ムーンのような時計は、時計愛好家たちをそれほど興奮させるものではないかもしれない。だが、卓越したウォッチメイキングによって、このように魅力的な時計が誕生したのだ。Cal.391は、Cal.381(今年ラインナップに加わったものも含め、既存のカンティエーム・ルネールに採用されている)をベースに、クロノグラフとムーンフェイズの複雑機構をその他の要素とともに組み合わせたものである。


デュオメトルは、レベルソともポラリスともマスターコレクションとも異なるものだ。しかし、それでいい。それはそれで素晴らしいのだ。デュオプランムーブメントを生み出した1925年であれ2024年であれ、ジャガー・ルクルトほど複雑で素晴らしい時計づくりをしているビッグブランドはそうそうないだろう。

基本情報
ブランド: ジャガー・ルクルト(Jaeger-LeCoultre)
モデル名: デュオメトル・クロノグラフ・ムーン
型番: Q622252J(ピンクゴールド)、Q622656J(プラチナ)

直径: 42.5mm
厚さ: 14.2mm
ケース素材: プラチナ、もしくはピンクゴールド
文字盤色: コッパーオパーリン(プラチナ)、シルバーオパーリン(ピンクゴールド)
防水性能: 50m
ストラップ/ブレスレット: アリゲーター

ムーブメント情報
キャリバー: 391
機能: クロノグラフ、12時間積算計、60分積算計、1/6秒表示、ムーンフェイズ、デイナイトインジケーター、ふたつのパワーリザーブインジケーター
パワーリザーブ: 50時間(各香箱ごと)
巻き上げ方式: 手巻き
振動数: 2万1600振動/時
石数: 47
追加情報: デュオメトルに使用されているムーブメントはふたつの香箱とふたつの独立した輪列を持ち、時計の計時とコンプリケーションを別個に制御している

価格 & 発売時期
価格: ピンクゴールドは1161万6000円、プラチナは1425万6000円(ともに税込)

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ × ポルシェ963限定モデルが登場

腕時計とクルマはピーナッツバター&ジェリーのようなもの(編注;つまりアメリカ人の国民食であるピーナッツバター&ジェリーのように、アメリカ人にとって切っても切れない関係にあるもの)です。どちらがどちらかはあなたが決めてください。私の比喩とこの特別なサンドイッチの目的のために言うと、タグ・ホイヤーがピーナッツバターであるとすると、対するジェリーは、スポーツカーレース史上最も象徴的な名前のひとつであるポルシェです。両ブランドが独立して同じ自動車レース、カレラ・パナメリカーナにインスピレーションを受けていることを考えれば、驚くことではありません。この象徴的なデュオを祝うために両者がコラボレーションし、自動車メーカーの耐久レースの成功とポルシェ 963における“卓越性のあくなき追求”を記念する、シリアルナンバー入りリミテッドエディションのカレラ クロノグラフを提供することになりました。

タグ・ホイヤースーパーコピーカレラ クロノグラフ × ポルシェ963は、ポルシェのレーシングカーから多くのヒントを得たカレラコレクションの大胆なアレンジです。鍛造カーボンファイバー製のベゼルが夜光塗料を施したスケルトンダイヤルを囲んでおり、ル・マンといった有名な耐久レースの昼夜を想起させます。ダイヤル形状はポルシェのレーシングカーのチューブ構造を模しており、その下にある内部構造を垣間見ることができます。タグはさらにクロノグラフのインダイヤルにもスーパールミノバインデックスを配置。それは963の走行用ライトと同じく、4つの角度が付いたフォーメーションとしています。

内部には、かつてホイヤー02ムーブメントとして知られていたタグ・ホイヤー最新Cal.TH20-00を搭載。同ムーブメントは最新世代のグラスボックスカレラやモナコにも見られます。(なお名称の更新だけでなく、素材面でも改善されており)改良されたムーブメントは両方向に巻き上げることができ、H02の片方向巻き上げよりも効率的かつ静かです。また、タグは保証期間を従来の2年から5年へと大幅に延長すると発表。タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ × ポルシェ963の価格は115万5000円(税込)に設定されており、当然ながら生産数はわずか963本に限定されています。

我々の考え
間違いなく、これはレーシングカーにインスパイアされた時計です。タグ・ホイヤーは明確なアイデンティティを持つ、ひと目でそれとわかる時計を顧客が求めていることを理解しており、カレラ クロノグラフ × ポルシェ963はその正体を明確にしています。ディテールも考慮されており、保守的な基準からすると少々大げさかもしれませんが、裏蓋に小さな刻印がある以外に記念モデルの痕跡を残さないという非常に思慮深いものとなっています。さらに4時位置を赤く塗ったル・マンのスタート/フィニッシュタイム、ストラップのNACAダクト(レーシングカーのポルシェに採用される低ドラッグのNACAエアインテークのこと)、ステアリングホイール型のローターなどもその好例です。これらの要素はほかの部分よりもやや強調されている感じがあります(これはカーボンファイバーの要素をもじったものです)。それでも、この時計はロケット船のような外観を持つクルマに基づいており、そのデザインコンセプトにふさわしいものでなければなりません。私たちはその忠実なコンセプトを受け入れています。

昼のポルシェ。

そして夜のポルシェ。
ダイヤルの構造は、深い奥行きと開放感を与えます。さまざまなテクスチャーと素材の使用により、視覚的に簡単に区別でき、時刻の読み取りを邪魔することなく多くの興味を抱かせます。スーパールミノバの使用も間違いなく役立っています。44mm径×15.1mm厚と決して小さい時計ではありませんが、ケース、リューズ、プッシャーの側面に施されたエングレービングやPVDコーティングにより視覚的な重量をうまく軽減しています。この大きなフォルムは造形やコントラストを用いることで手っ取り早くスリム化できます。これは車両設計においても一般的な手法です。安全規制や製造上の制約などの大きな力が、特定の形状やサイズを決定する場合に特に有用なのです。

エキゾチックな素材と仕上げの広範な使用に加えて、自社製ムーブメントTH20-00はコラムホイール式クロノグラフに垂直クラッチを採用したことは、技術革新という全体テーマにぴったり合っています。このレベルと価格帯では、これ以下のものはありえません。100万円近くの価格はどの時計にとっても高額ですが、タグ・ホイヤーはホイヤー02の時よりも長い保証を提供し、クロノグラフという基軸となる製品を確実にするための漸進的な改善を行っています。これらすべてがシリアルナンバー入りで提供されるため、タグ・ホイヤー、ポルシェ、そして耐久レースのファンにとって非常に魅力的なものとなるでしょう。


さて、最終的な評価に移ります。タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ × ポルシェ963はカリカリのピーナッツバター&ジェリーサンドイッチです。すべての人に合うわけではありませんが、それを愛する人にはたまらない逸品となるのです。

基本情報
ブランド: タグ・ホイヤー(TAG Heuer)
モデル名: カレラ クロノグラフ × ポルシェ963(Carrera Chronograph × Porsche 963)
型番: CBU2010.FT6267

直径: 44mm
厚さ: 15.1mm
ケース素材: ステンレススティール、ケースサイドにブラックPVD加工
文字盤: NAC仕上げ、管状のオープンワーク
インデックス: ホワイトのスーパールミノバブロック(4時位置のレッドインデックスを除く)
夜光: あり、インデックスおよび時・分インダイヤルにある4個のスーパールミノバ、ベゼルにある“PORSCHE”の文字
防水性能: 100m
ストラップ/ブレスレット: ブラックの一体型ラバーストラップ、サテン仕上げのセンターリンク

タグ・ホイヤーのCal.TH20-00。

プレスリリースによると、4時位置が赤く表示されているのはレーススタートに向けた期待と興奮を示すためです。タコメーターのような雰囲気を感じますね。

ムーブメント情報
キャリバー: TH20-00
機能: 時・分・スモールセコンド、日付表示、クロノグラフ(4分の1秒計、30分計、12時間計)
パワーリザーブ: 約80時間
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 2万8800振動/時
石数: 33
クロノメーター: なし

価格 & 発売時期
価格: 115万5000円(税込)
発売時期: 2024年6月予定
限定: あり、世界限定963本(シリアルナンバー入り)

バンドまでをカラフルに染め上げたカラーバリエーションが一斉に発表されている。

1988年生まれの僕と同世代の人なら、カシオ スタンダードという名前のほうが聞きなじみがあるかもしれない。現在まで続くロングセラーである1987年のMQ-24、1989年のF-91Wをはじめとし、バリューな価格に高い性能を備えたカシオ スタンダードは2021年7月に「カシオ コレクション」と名前を変えた。そして、それ以降積極的にラインナップを拡充してきている。昨今のカタログを見ると、トレンドを汲んだ爽やかなアイスブルーや鮮やかなグリーンダイヤルのアナログモデルもあったり、G-SHOCKを思わせるタフな外装の多機能モデルもあったりと、バリエーションも豊かだ。本日7月16日(火)にもダイヤルにケース、バンドまでをカラフルに染め上げたカラーバリエーションが一斉に発表されている。

そして同じタイミングで、このABL-100もリリースされた。一見すると往年のカシオウォッチのようだが、6時位置には見慣れない“Bluetooth”の文字がある。そう、ABL-100はモバイルリンクを可能にしたモデルなのだ。

デザインを見てみると、1995年に登場したA168の面影が強い。液晶の外周をぐるりと囲むブルー&ホワイトのラインに、各ボタンの機能を示す表示、色こそ変わったが“ILLUMINATOR”や“WATER RESIST”(とWRのアイコン)なども共通している。そのうえでさりげなく、右上にあった“ALARM CHRONO”が“STEP TRACKER”に置き換わっているのも面白い。トノー型のケース形状に変わりはないが、現行のA168と比較するとサイズは横幅が41.6mmと3mm増、縦が37.9mmで1.6mm増、しかし厚さに関しては8.2mmと1.4mmもシェイプされている。モバイルリンクに加えて歩数計測、デュアルタイムと機能的には大きく拡充しつつ、薄型化を実現している点は素晴らしい。オシアナス、G-SHOCKで培われた高密度実装技術の恩恵を受けているように思う。重さも60gと、10gのみの増加にとどまっている。

 歩数表示やBluetoothのアイコンなど表示内容は増えてはいるものの、デジタル数字のフォントやアンバーな液晶は1989年のA159W(そしてカシオのデジタルウォッチにおいてアイコン的な存在であるF-91W)から続く雰囲気を踏襲している。また、ブレスレットのデザインも、1980年代前半のT-1500やCFX-200など当時のメタルモデルによく見られたフラットな多列ブレスを想起させるものになっている。しかも、作りも昔懐かしい巻きブレスだ。総じてルックスはとことんクラシックに寄せられている。

 今回のリリースではシルバーカラーのABL-100WEに加え、全面にゴールドIPが施されたABL-100WEGも用意された。価格はABL-100WEが1万1000円、ABL-100WEGが1万3750円(ともに税込)で、今年8月に発売を予定している。



ファースト・インプレッション
古きよきカシオファンのツボをつく1970〜80年代のデザインを踏まえながら、現代的な機能を搭載。このギャップに僕はすっかりやられてしまった。現在ではG-SHOCKでもほとんどのモデルにも搭載されるようになったモバイルリンク機能だが、まさかカシオ コレクションの見た目でライフログがとれるようになるとは思ってもいなかった。あえてスマートフォンと接続できる新モデルとしてではなく、なじみ深いデザインに同機能を載せたところにカシオの遊び心が感じられる。価格こそカシオ コレクションでは珍しく1万円を超えているが、機能を拡充しながらも極力キープされたケースサイズ、クラシックながら着用感に優れるブレスと、細部に目を向けると値ごろ感さえある。動力がタフソーラーではなく電池式になっている点だけ惜しくはあるが、その結果ダイヤルの質感が変化したり、G-SHOCKのプライスレンジに突入してしまったりするのならこのままでもいいと僕は思う。あくまでこの時計はカシオ コレクションであり、気軽に手が出せる存在であるほうがしっくりとくる。


 昨年、G-SHOCK初代モデルが立体商標を取得したことがニュースになった。G-SHOCKというプロダクトが長い時間をかけて僕たちの生活の一部となった結果だが、ABL-100で採用されたこのフォルムもまた、カシオのデジタルウオッチにおけるスタンダードだと思う。今日では、SNS上でも国境を超えてA168、A159といった名機が愛されている様子が日々アップされている。それだけ認知された存在だからこそ、ハイテクな“チプカシ”という今回の新作はシャレが効いていて思わずニヤリとしてしまう。僕はひと目でそれとわかる、シルバーのABL-100WEを手に入れるつもりだ。このクラシックな液晶でワールドタイムを操作してみるのが、今から楽しみでならない。


基本情報
ブランド: カシオ コレクション(CASIO Collection)
型番: ABL-100WE-1AJF(シルバー)、ABL-100WEG-9AJF(ゴールド)

直径: 41.6mm
厚さ: 8.2mm
ケース素材: メッキ加工を施した樹脂素材
文字盤色: ブラック(ABL-100WE)、ゴールド(ABL-100WEG)
夜光: LEDライト
防水性能: 日常生活防水
ストラップ/ブレスレット: ステンレススティール
追加情報: モバイルリンク機能(自動時刻修正、ライフログデータ、簡単時計設定、タイム&プレイス、ワールドタム、携帯電話探索)、デュアルタイム、歩数計測機能、100分の1秒ストップウォッチ、タイマー、時刻アラーム(5本)

価格 & 発売時期
価格: ABL-100WE 1万1000円、ABL-100WEG 1万3750円(ともに税込)

“オメガがスポーツ計時”というイメージとは、正直まったく違った次元の技術と研究がされていたことに驚いた。

今大会のタイムキーピングにまつわる数字。前回大会からタイムキーパーは20名ほど増員されつつも、導入された機材の総重量は減少させた。
 まず今大会から導入された新技術についてだが、これはもはや時計で時間を正確に計測するという次元の内容ではない。スキャンオービジョンアルティメートとコンピュータービジョンカメラというふたつの最先端機器が新たに登場、前者は秒間で最大4万枚のデジタル画像を記録でき(従来品は秒間1万枚)、後者はひとつ、ないしは複数のカメラシステムを組み合わせて継続的に記録した選手などの動きを、競技ごとにトレーニングされたAIモデルに取り込むことができる、というものだ。

 この説明だけではあまりに想像が難しいのだが、オメガは例えば陸上競技のゴール判定のために、従来は秒間1万枚の写真を撮影・合成し接戦時における審判の判定を助けてきた。また、我々が普段スポーツ中継を見ている際、例えば競泳で世界記録のラインやレーンごとに選手のラップタイムが表示されるのを目にしているはずだ。実はああしたグラフィックもオメガタイミングがリアルタイムで計測、製作して各放送局に配信している。今回技術がアップデートされたことにより、より正確な判定とより良い視聴体験が実現したというわけだ。

スキャンオービジョンアルティメート。主に陸上競技と自転車トラックレースにおいて、ゴールラインを通過するすべての選手の合成写真を作成して、公式結果を判定する。

コンピューター ビジョンカメラ。競技が行われているあいだのパフォーマンスを複数のカメラで追うことで、どんな動きが優れていたのかなどのデータを抽出可能。今回の進化で、選手にタグを取り付けることなく追跡可能となった。

次世代グラフィックテクノロジー”ヴィオナード”。4K HUDの超高精細なグラフィックをリアルタイムで生成し、種目ごとに結果や選手のパフォーマンスをよりわかりやすく、臨場感たっぷりに表現している。
 回を追うごとにオメガが追跡することのできるデータは増え続けているのだが、日本でも人気の高い体操競技、競泳、テニスなどでは以下のような情報がリアルタイムに提供されている(それが映像に反映されているかどうかは、各放送局の判断に委ねられる)。

【ゆか競技】

ラインを超えているか
ジャンプの高さ
滞空時間
ジャンプ回転中の詳細情報(足の角度など)
【競泳】

ライブポジション
ライブスピード
ストローク数
【テニス】

サーブリターンの反応時間
サーブリターン方向
ラケットの正確な位置
 オリンピックで実施されている32競技、329種目では目に見える単純な記録以外にも選手ごとに細かな情報がトラッキングされているのが分かる。これによって、競技の採点の正確さが向上しており、さらに僕らは、注目している選手の今回のパフォーマンスがどうだったのか知ることもできる。


1932年以来、オメガが発展させてきた計時の歴史
手動計測から始まり1940年代には自動計測を模索、デジタル計測へ積極的に移行した1960年代
  「10分の1秒」。これは1932年当時、オメガが世界最高水準で実現したストップウォッチの計測精度である。多くの精度コンクールで高い成績を収めていたオメガは、この機械式クロノグラフで初めての大型スポーツイベントにおけるタイムキーパーという大役を全うした。当然、このポケットウォッチ型のクロノグラフは手動で操作されていたわけだが、デジタル化の流れは腕時計の何倍も早く、1964年にはコンピューター技術が導入され、1968年には電子計時技術がすべての競技で使用された。特に競泳ではタイムキーパーが手動でタイムを測るのではなく、選手自らがタイマーをストップする仕組みが導入されていくのである。これはいまでこそ一般的だが、画期的かつ正確性も担保されたものであった。オメガが競泳でタッチパッドによる計測を実用化したのは、1967年のパンアメリカン競技大会である。

 なお、それ以外に普及した技術に写真判定があるが、これは1948年から導入され始めていたという。フォトセル(光電子装置:選手がフィニッシュラインを通過した正確な瞬間を記録する装置で、ゴールテープの代わりに用いられた)の発明と合わせて接戦時の判定に寄与した。もっとも、当時はそうした判定には2時間がかかったようで、すべてのレースで実施できるような代物でもなかったが、現在では競技と同時進行でライブ判定が可能なまでに技術が発達している。

オメガがオリンピックの計時用に初めて開発した、スプリットセコンドクロノグラフ。1932年のロサンゼルス大会で使用された30個のクロノグラフにまつわるお話はこちらの記事でご確認を。

1932年、初めてタイムキーパーを務めた大会での計時の様子。8つのストップウォッチを収めた器具で、同時に最大8名の選手の記録を行っていた。ちなみにすべて手動。

マジックアイ(1948年)。フォトセルと合わせて、集団で選手がフィニッシュラインを超えたとしても正確な順位付けができるように導入された。

競泳では1956年より半自動計測が始まり、1968年大会ではタッチパッドが導入されていた。

1984年大会、陸上でのゴール判定の画像。
1960年代から発達したブロードキャストプログラム
 その後もオメガは多種多様な競技において、タイム以外の要素を計測するためにトラッキング技術を向上させていくのだが、同時に発達したものがブロードキャストプログラムである。これは、1961年ごろにはすでに着手され、1964年大会で初めて導入された。計測技術とブロードキャストプログラムは別々に生まれたものではなく、競技からリアルタイムで得られる情報が年々増え続けたことで、審判や視聴者を含めて見ている人々にいかに伝えるかを考えた末に生みだされたのが本当のところだろう。

 2018年にはポジションマッピングが実用化され、アスリートの動きに追従した映像を生み出せるようになった。これは次世代型のブロードキャストプログラムにつけた先鞭とも言えるが、その背景でオメガが開発しているものは多岐にわたる。その大きな要素として、タイムキーパーの存在がある。今大会では550名ものタイムキーパーが導入されたということだが、最新機器は計測とブロードキャストを同時に処理するものがほとんどであり、種目ごとにカスタマイズされている。そのため1人のタイムキーパーが複数種目を兼ねるということが難しく、それぞれに特化してトレーニングされているのだ。スポーツイベント、特にオリンピックにおいてタイムキーパーは“どんなミスも許されない”わけで、複雑化した計器類を完璧に使いこなすことが求めれている。

 なお、550名のうちスコアリングを担当する人はスイスタイミング社に属しており、射撃など特殊な競技については、オリンピックのためにエキスパートを社外から雇い入れるそうだ。

2010年から導入されたスタートガン。スタートの合図が聞こえる時差をなくすために考案されたもので、引き金が引かれると先端が光り選手の背後で音がなるように装置が配置されている。

陸上競技で目にするスターティングブロックにはスピーカーが組み込まれており、スタートの合図が聞こえるタイムラグをなくしている。スタート時に選手がかける圧力を検知しその荷重の情報を会場内のコンピューターに送信。フライングを視覚的に確認する装置としての役割も果たす。

競泳でおなじみのタッチパッド。選手が1.5〜2.5kgの圧力をかけるとタイマーがストップするシステムだ。プール内の波でタイマーが止まらないよう、この圧力値に設定されている。

競泳のスタート台に配置されたライトは、ひとつのライトで1位の選手、2つのライトで2位の選手、3つのライトで3位の選手を示す。

スイスタイミングの内部へ

スイスタイミングはスウォッチ・グループ内の独立企業。グループ内他社で開発したものも含めて、ひとつの技術へと結実させる
 スイス(オメガ)タイミングが拠点を構えるのは、ジュネーブからクルマで約2時間ほどの場所でオメガもあるビエンヌから近しいコルジェモン(Corgémont)という地域だ。現在のヘッドクォーターは、かつてETAがあった建物の隣に2010年に設立。この社屋には約200名の社員が勤務しており、そのうち150名ほどが研究開発を行うR&D部門に属しているエンジニアだという。スイスタイミングは元々オメガとロンジンによって設立された、タイムキーピングに特化した企業であり、現在はスウォッチ・グループに属するひとつの独立企業である。オリンピックのオフィシャルタイムキーパーを務める親会社のために計時を担当することからオメガタイミングという特別なブランドが認知されているが、実際はスウォッチ・グループの他のブランドがタイムキーパーを務めるオリンピック以外のスポーツイベントにも多く参画している。スイスタイミングが担当しないものも合わせると、大きなスポーツイベントは年に500以上も実施されているということで、彼らが発展させてきた技術は多くの場面で目に触れる機会がありそうだ。

 さて、スイスタイミングで僕が見たものはパリオリンピックで導入予定となっていた、最新の計測システムであるスキャン オー ビジョン アルティメートとコンピューター ビジョンカメラ、そしてブロードキャストプログラムの根幹を担う“ヴィオナード”の操作方法だ。僕が訪れた4月上旬のタイミングは、これらのシステムを用いてスムーズにブロードキャストに進めるかどうか、訓練とテストが繰り返されている時期だった。冒頭に550名のタイムキーパーが今大会に参加していると書いたが、新導入されるシステムを含めて完璧に操作し、選手の情報やレースの記録、パフォーマンスの詳細やリプレイ、グラフィックによる再現などに至るまで、世界中の放送局に作成したグラフィックをリアルタイムでミスなく渡せるよう、手順を隈なくチェックしていたのだ。

カルティエはミニサイズのタンク ルイ カルティエを発表した。

ワンサイズで全員に合うわけではない。これはラージ、スモール、ミニのサイズ展開で提供される。

小柄な手首はもちろん、大柄で毛深い手首にもよく似合うミニはInstagramで華々しく紹介され、一躍話題となった。実はこのミニLCには年上のいとこが存在する。それが今回新たにイエローゴールドで登場したタンク アメリカン ミニだ。このミニモデルはスモールとラージサイズが同時にリリースされた。そこでスモールとミニを実際に手に取って、よりわかりやすい比較を行うことにした。

タンク アメリカンは1989年に初めて発表され、当時の大き目な時計に対する現代的な需要に応える形で登場した。YGでつくられ、タンク サントレにインスパイアされたカーブを描くケースが特徴だったが、よりコンパクトでがっしりとしたシェイプを持っていた。そのあとアメリカンはデイト機能やクロノグラフなど、さまざまな機能を備えた多彩なバージョンが展開された。昨年、カルティエはタンク アメリカンのラインを控えめながらも視覚的に分かりやすいデザイン変更を加えて刷新し、ステンレススティールやローズゴールドの新作モデルを、ダイヤモンドやブレスレットのバリエーションとともに発表した。アメリカンはより薄く、よりスリムで、より洗練されたデザインとなり、タンク サントレのオリジナルモデルに1歩近づいたといえる。
現在、時計愛好家たちは小さな時計に夢中になっている。だが同じ愛好家たちが巨大なタンク サントレに熱狂している姿も見受けられる。だからこそ、カルティエが最新モデルで過去のデザインを繰り返すのも理解できる。2017年にA Week On The Wristで試したミディアムサイズのアメリカンは廃止され、今残っているのは44.4mm×24.4mmのラージサイズ(ヴィンテージのジャンボサントレに近い9リーニュ、約2cm)、35.4mm×19.4mmのスモールサイズ(ミドルサイズのヴィンテージ サントレに近い8リーニュ、約1.8cm)、そしてヴィンテージの“レディース”サントレに近い28mm×15.2mmのミニサイズだ。

新しいアメリカンのYG製ケースは、サテン仕上げの側面、レール部分にはポリッシュ仕上げが施されており、エッジの輪郭がより際立っている。このケースはスモールやミニサイズであっても建築的な印象である。表面はまるでミース・ファン・デル・ローエのブルーノチェア フラットバーのように滑らかだ。ケース裏側にはカーブした裏蓋が採用されており、タンク サントレのような劇的なカーブではないものの、十分に曲線的に見えるデザインだ。結果技術的に製造しやすくなりながら、湾曲しているように見える時計が誕生した。
ミニとスモールのダイヤルはどちらもいたってシンプルだ。両モデルともシルバーのバーティカルサテン仕上げが施され、すべてのアメリカン同様、チャプターリングの両端がケースのカーブに合わせて湾曲している。そのためダイヤルには多くの余白が生まれ、ローマ数字がより際立つデザインとした。サントス ドゥ カルティエやタンク フランセーズ、1950年代以降のタンク サントレと同様、八角形のサファイア製リューズはフラットでファセット加工が施されている。スモールとミニモデルはともにクォーツで動き、30mの防水性を備えている。

再びスモールウォッチの話題に戻ろう(これは至るところで話されている)。ときに、まるで“ワンサイズで全員に合う”ような時代に生きているように感じることがある。そして個人的な好みを内に秘めておくプレッシャーが重くのしかかる。“その小振りな時計、君にも僕にも…そして、この部屋で試着したすべての人に似合っているね”と、明らかにつくり笑いを浮かべながら言うのだ。なぜなら、時計愛好家の選ぶ権利を否定してはならないのだから!
このような状況では、誰もが持っていた何がよいかという感覚が政治的な空気のなか消え去ったように思える。そんなときこそ、カルティエのようなブランドに解決策を求めるべきだ。彼らは3つのサイズでアメリカンを提供しており、いずれも見た目はほぼ同じ(ケースのサイズの違いを除いて)である。ラージ、スモール、ミニから選べるというのは、2024年における時計界の民主主義といえるだろう。時計のサイズやミニモデルが話題になる今日だが、カルティエは100年近く前からさまざまなサイズの時計を提供してきた。またどのモデルの最小サイズが真に“女性向け”としてつくられたものなのか、実際にはよく分からない。

はっきり言っておくが、誰でも好きな時計を自由につけられるべきだという考えをこれからもずっと貫くつもりだ。ただスモールウォッチを推奨する風潮を押し付けないでほしい。自分の意志で選ぶことはできるから…もしそうする気になればの話だが。そして私は実際、YGのタンク アメリカン ミニ(そしてWatches & Wondersで見たミニLC)を手に入れた
 YGモデルが登場するまで、自分がタンク アメリカン好きだとは言えなかった。ずっとタンク サントレ派だったし、正直アメリカンは今のところサントレに手が届かないけれど、アメリカンならというサントレ派向けの時計だ。スモールのYGは1万1600ドル(日本円で約165万円)、そしてミニのYGは122万7600円(税込)だ。

ヴィンテージノルマル、シノワーズ、サントレに対する執着以外で、より商業的に流通しているタンクに引かれることはあまりなかった。しかしタンクをつけると何かたまらない(いい言葉が見つからない)、控えめでありながらも抗えない魅力がある。仕立てのいい黒いパンツとパリッとした白シャツというシンプルなスタイルに、袖口からタンクがちらりと見える女性になりたいと憧れているのだ。もしかするとこのYG製アメリカンは、ミニマルな美学を最大限に表現するための切符なのかもしれない。アメリカンは控えめでありながらも、太めのブランカード(フランス語で担架の意。タンクのケース側面が担架のハンドルに似ていることからその名がついた)が手首で存在感を示している。そのカーブにより手首のラインに自然にフィットし、肌に完全に平らに乗るのではなく、より個性的で官能的な印象を与えてくれる。

ミニとスモールのあいだでしばらく悩んだ結果、スモールのほうが自分にしっくりくると感じた。ただクロコダイルストラップは外して、シンプルなカーフレザーに付け替えたいと思った。そこにいつものレイヤーやカラフルな服、たくさんのジュエリーと一緒にこの時計をつけるだろう。なぜならミニマルやミニというスタイルは、自分らしくないからだ。

魅力的な機能だが、もう少し洗練されたデザインが必要だろう。

フォーメックスは技術革新において確固たる評判を築いている。同社の姉妹会社であるデクセルは、数多くのスイスブランドにパーツを製造・供給するサプライヤーだ。厄介な秘密保持契約(NDA)があるため、どのブランドが何を作っているのか明らかにされないことが多いが、デクセルのウェブサイトには、ジラール・ペルゴやモンブランのブレスレット、ウブロのケースなどが掲載されている。これらの技術の多くは、デクセルのインハウスブランドとも言えるフォーメックスにも生かされている。主にブレスレットやクラスプ、ケースの技術で知られるフォーメックスだが、最近GMT機能に挑戦すると決意したようだ。その結果がフォーメックス ストラトス UTCであり、フライヤーGMTとして機能的なパイロットウォッチに仕上がっている。デザインは少し粗いものの、ストラトス UTCはリーズナブルな価格ながら斬新なGMT機能を提供した。

 ストラトス UTCは“フライヤー”GMT機能を備えているが、通常のリューズ操作ではなく、2時位置と4時位置にあるプッシャーで現地時間の時針を操作できる仕様になっている。リューズを引き出すことなく(またテンプの動作を止めることすらせず)、ローカルアワーを1時間進めたり戻したりすることができるのだ。
 フォーメックスは、ETA 2892にデュボア・デプラ社製のカスタムモジュールを組み合わせることでこの機能を実現している。日付はローカルタイムの時針と連動しているが、ミドルケースの左側には、独立した日付修正機構が隠されている。日付は6時位置のインダイヤルに表示され、9時位置には小さな昼夜表示が配置されている。また見返しリングに24時間表示があり、さらに双方向回転ベゼルにも24時間スケールが付いている。このため、同時に3つのタイムゾーンを追跡できるが、そのぶんデザインはかなり賑やかである。フォーメックスはムーブメントを日差±7秒の精度に調整しており、サファイア製シースルーバックをとおしてムーブメントを見ることができる。


 フォーメックスはこれらすべての機能を41mmのコンパクトなステンレススティールケースに収めている。ラグからラグまでは47mm、厚さは快適な11.8mmで、100mの防水性能を備えている。ストラトス UTCはストラップまたはブレスレット(ラグ幅20mm)で提供されるが、私はブレスレットを強くおすすめする。ブレスレットには工具不要のマイクロアジャスト機能とクイックリリースが完備。フォーメックスはケースとブレスレットの製造や仕上げにおいて優れており、ストラトス UTCも例外ではない。ブレスレットは頑丈でありながら薄く、手首にしっかりとフィットした。

 さらにダイヤルにはサンレイ仕上げ、インダイヤルとアウターリングには異なる質感のグレイン加工を施している。ダイヤルのカラーオプションはブルー、グレー、グリーンの3種類で、すべてに鮮やかなオレンジのアクセントが加えられている。ブレスレット仕様のフォーメックス ストラトス UTCは3990ドル(日本円で約60万円)で、ストラップ仕様は3850ドル(日本円で約58万円)。現在予約注文受け付け中だ。



我々の考え
フォーメックスの実用的なGMTアプローチは気に入っているが、この時計は技術仕様や複雑機構を優先して、デザインが後回しにされた印象を受ける。ダイヤルは情報量が多く、さらにベゼルがごちゃついた感じだ。それにストラトス UTCにはフォントが多すぎる。それでもケースの装着感はとてもよく、厚さわずか11.8mmのGMTというのは軽視できないポイントだ。またポリッシュ仕上げ、サテン仕上げ、マット仕上げが混在しており、仕上げもきちんとしている。

 プッシャーでGMTを操作するのは目新しいわけではない。たとえばパテックの5164やブルガリのオクト フィニッシモ クロノグラフ GMTがその例だ。しかしフォーメックスがETAのムーブメントにモジュールを追加し、この機能を比較的手ごろな価格に抑えたことは評価に値する。
 フォーメックスがこの機能を別のモデルに採用するか、ストラトス UTCのデザインを洗練させてくれることを期待している。というのも、このアイデアには大きな可能性があるからだ。ストラトス UTCのデザインは自分には合わないかもしれないが、フォーメックスの技術力、エンジニアリング、製造に関しては誰もが評価できるものだ。
フォーメックス ストラトス UTC。316Lステンレススティールケース、41mm × 11.8mm(ラグからラグまで47mm)、100m防水。48クリックの双方向回転SS製ベゼル。ストラトス UTCは、カスタムされたデュボア・デプラモジュールを搭載した自動巻きETA 2892ムーブメント(日差±7秒)を使用した“フライヤー”GMT機能、サファイア製シースルーバックからムーブメントを鑑賞できる。6時位置に日付表示。サンレイ仕上げのダイヤルはグリーン、ブルー、グレーの3色展開。ブレスレットは工具不要のマイクロアジャストとクイックリリースの付いたスクリューリンク。メーカー希望小売価格はブレスレット仕様が3990ドル(日本円で約60万円)、ストラップ仕様が3850ドル(日本円で約58万円)。