2025年12月

タグ・ホイヤーとヴァルカンが発表したそれぞれのアーカイブにインスピレーションを得た作品など、

5つの“新しい”ヴィンテージウォッチのうち、今回はヴィンテージチームが選んだものを紹介しよう。リッチ・フォードンにサオリ・オオムラ、ショーン・イーガンがそれぞれ、深紅の文字盤を持つ1980年代製のカルティエ サントス、ブライトリング スーパーオーシャン、そしてファンキーなサーチナ レガッタタイマーの全貌をレポートする。

1980年代製 カルティエ サントス ガルベ Ref.2961
 つい最近まで、ヴィンテージ カルティエ界隈には変わったルールがあった。古くからのコレクターにとって“真の”ヴィンテージ カルティエとは、今回紹介する80年代のサントスのようなモデルではなかったのだ。1970年代初頭以前のモデルを指し、特にカルティエ ロンドンから発売された腕時計こそが脚光を浴びていた。確かにこの時期、カルティエはロンドン、パリ、ニューヨークの3店舗で腕時計を展開していた。しかしその結果として、コレクションとしてのユニークさはそれ以前のペブル、サントレ、クラッシュよりも増したのではないかと私は考えている。

1980年代製 カルティエ サントス ガルベ Ref.2961
サントスほど、カルティエにとって歴史的に重要なモデルはない(それこそ、タンクですらサントスには及ばない)。1904年に誕生したサントス-デュモンは、1911年にアルベルト・サントス=デュモン以外の顧客からも要望があったことから初めて量産、シリーズ化された腕時計として公式に認められている。その6年後か8年後か、人によって違うかもしれないが、1919年に最初のタンクが“発表”されたということになっている。サントスが作られた年にかかわらず、同モデルは歴史的な時計である。この事実は、どんなに鼻持ちならないヴィンテージコレクターでも否定できないだろう。
カルティエ サントス ガルベ Ref.2961は名実ともに、入手困難な時計でもなければ、私にとって本当に興味深いモデルでもない。もちろん、カルティエのなかでもお買い得なモデルを探しているなら、ツートンカラーの80年代製サントスは悪くない選択だ。しかし正直なところ、私たちの耳を驚かせるようなものでもないだろう。このサントスを特別な存在としているのは、ご覧のとおりの赤い文字盤だ。確かではないが、この文字盤と針の組み合わせは1979年のサントス誕生75周年を記念して発売されたものだという記述が見られる。しかしアニバーサリーウォッチであろうとなかろうと、ラッカー仕上げの深いバーガンディカラーダイヤルはメタルケースに映える実に見事な仕上がりだ。

1980年代製 カルティエ サントス ガルベ Ref.2961
ケースの堅牢さに加え、文字盤と針にいたるまで完璧な仕上げが施されており、このサントスのコンディションは本当に素晴らしい。そして何より、この時計はHODINKEEの時計職人によって完全に整備されている。HODINKEE Shopで確認して欲しい。
1966年製 ブライトリング スーパーオーシャン Ref.2005
By Saori Omura
ブライトリングは1940年代にクロノマットシリーズで、その後1950年代には今や象徴的な存在となっているナビタイマーで空を制した。そしてナビタイマーの発表と並行し、ブライトリングはもうひとつの大きなテーマである“海”に飛び込んだのだ。1950年代にはさまざまな時計メーカーがダイバーズウォッチ市場に参入し、急激な盛り上がりを見せ始めた。もちろん、それにはロレックス サブマリーナー、オメガ シーマスター、ブランパン フィフティ ファゾムス、ジャガー・ルクルト ディープシー アラームなどのビッグネームが含まれる。また、EPSA(エルヴィン・ピケレス S.A.)社が開発した防水ケースの改良により、エニカなど多くの中小時計メーカーがその恩恵を受けるようになった。この波に乗り、ブライトリングは1957年に初のオフィシャルダイバーズウォッチ、スーパーオーシャン(クロノグラフのRef.807と時間表示のみのRef.1004)を製造した。

1966年製 ブライトリング スーパーオーシャン Ref.2005
スーパーオーシャンの魅力は、200m /600ft防水の本格的なダイバーズウォッチであることにとどまらない。同モデルは、当時の市場に溢れ始めたほかのダイバーズウォッチと一線を画する鋭いデザインセンスを誇っていた。クールでありながら、同時に機能的。大げさなインデックスや針などのデザインからは、どこかユーモラスさも感じられるようだ。夜光は水中での視認性を高めるだけでなく、大振りなインデックス上に配することで、黒い文字盤のなかでその存在感を際立てている。
今日紹介するRef.2005は1964年に発表されたもので、先代のRef.807の自動巻きバージョンとなる。42mm前後のSS製ケースに収められた、大きくも大胆なモデルだ。黒と白を基調とした印象的なデザインと、クリームカラーに変色したパティーナが、遠くからも目を引く。最も興味深いのは“スローモーション"クロノグラフ針だ。パッと見ただけでは、先端に大きな四角い夜光を持つ普通のクロノグラフ針にしか思えない。しかし、ひとたびクロノグラフをスタートさせると、すぐに何かがおかしいことに気がつくだろう。実はこの針、60秒ではなく60分で1周する“スロー”クロノグラフ針なのである。これにより、ダイバーは水中での経過時間を簡単に読み取ることができる。しかし、この一見素晴らしいアイデアには注意点もあった。動きがゆっくりであるため、クロノグラフ針が動いているかどうかを判断しにくかったのだ。この問題を解決するべく、ブライトリングは6時位置に窓を追加した。黄色の丸印はクロノグラフが作動中、黄色の半丸印はクロノグラフが一時停止中、黒色の丸印はクロノグラフが解除されていることを意味する。

1966年製 ブライトリング スーパーオーシャン Ref.2005
この時計が水中で最高のパフォーマンスを発揮できるように設計され、何度もテストされたうえで、本格的なダイバーズウォッチとして発売されたことは間違いない。しかし、私がこの時計でいちばん気に入っているのは、頑丈なツールウォッチとされつつも、同時にエレガントで文句のつけようがない魅力を放っている点だ。探検にでも出かけるように、私たちは常に万全の準備を心がけたいもの(あるいはそうすべき)だが、そのときこの時計を巻かない理由はないだろう。このブライトリングは、ここで手に入れよう。
1970年代製 サーチナ クロノリンピック Ref.8701-504
By Sean Egan
サーチナには長く興味深い歴史があり、私の友人で元ルームメイトのローガン・ベイカーがそのすべてをここで見事に解説してくれている。この驚愕の物語を持つブランドについてもっと知りたければ草の根を分けるように掘り下げることもできるし、それは私たちHODINKEEが、まさにしようとしていることだ。今回取り上げるのは、このブランドのクロノグラフシリーズであるクロノリンピックだ。60年代後半に初出となったクロノリンピックは手巻きキャリバーを搭載しており、70年代後半には自動巻きに電池式、そしてデジタルモジュールへと移行していった。クロノリンピック登場初期、サーチナは2回のエベレスト遠征にいくつかのモデルを同行させており、これはハンス・ウィルスドルフのやり方を模倣したようにも見えた。模倣かどうかはさておき、サーチナはクロノリンピックの提供者は間違えなかったようだ。提供者のひとり、3レジスターの逆パンダモデルを受け取った彼の名は三浦雄一郎という。この冒険家は世界一高い山に登っただけでなく、スキーで下山することを決意し、2000mを2分30秒で滑り抜けたという。彼ならもっと先まで行くことができただろうが、途中、氷の塊にぶつかって転倒してしまった。報道では彼のサーチナのは助かったということだが、私はその時計自体を見たことがない(この遠征についてもっと知りたいなら、アカデミー賞受賞のドキュメンタリー映画『エベレストを滑った男(原題:The Man Who Skied Down Everest)』を見て欲しい)。

1970年代製 サーチナ クロノリンピック Ref.8701-504
今日紹介する時計は世界一高い山を滑り降りた時計ほど単純ではないが、それを気にする必要はないだろう。実は、これは私がこれまで見たなかで最も好きな文字盤のひとつだ。70年代的な色使いと放射状のインデックスを見ると、ボートに乗って『Brandy(You're a Fine Girl)』が聴きたくなる。このグルーヴィーかつグーフィー(ベタベタ)な文字盤は特大のSSケースに収められており、中央にはクロノグラフの分・秒表示を備えたバルジュー Cal.728を搭載。1971年に発表されたこのモデルは、1972年のミュンヘンオリンピックに向けて作られたもののようだ。同スポーツイベントとの公式な関連はないものの、イベントを取り巻く熱気に乗じようとしたのだろうと想像される。文字盤上で5分、10分、15分を強調していることについては、レガッタレース用と考えれば適切なデザインだ。この時計にまつわる私の仮説につけ加えるならば、その年には6つの異なるヨットレースが開催されており、いずれもかなり変わったネーミングだった(少し眉唾だが、ドラゴンミックスはその一例だ)。この時計は、登山時の記録、レース前の計測、レコードを鑑賞するときなど、シーンを問わず活躍してくれる。ぜひチェックして欲しい。

 

ブルガリのオクト フィニッシモ クロノグラフ GMT、非常に気に入っている時計の1本だ。

このモデルを最近借りた。この時計を身につけることができて本当にラッキーだった。だから返すときは(送り出すときは盛大にしたいから)、マーチングバンドと会葬者を呼んで、あと郵便局にも来てもらおうと思っている。
 この時計を俯瞰で眺めていると、実にさまざまな形が見えてくる。八角形のフレームの上に、丸いベゼルがある。そしてケース自体は八角形だが、四角い台座のなかに組み込まれているようだ。そのため角型の時計として手首に収まるはずなのだが、角型時計ではない。薄くて緻密なレイヤーで構成された四角い台座の上に、八角形の時計が乗っているのだ。

 スイス製の時計であるが、この時計の薄いレイヤー部分は、このブランドの故郷であるイタリアの伝統菓子、スフォリアテッラ・リッチャを少し連想させる。
 ラグとプッシャーがケースに内蔵されており、正確には違うのだが、まるで図書館の本棚が動いて隠し部屋が現れるような、そんな精神的に近いものがある。文字盤にある唯一の数字である12が大きく配され、シンプルなバータイプによって影響を受け、少し迫ってくるような感じがする。このフォントの名前は調べても出てこなかったため、タイポグラフィーに詳しいあなた方で、コメント欄で真っ先にフォントを特定するレースに、自由に参加してみて欲しい。
 またインダイヤルは3つある。これはどんな役割を持つものなのか? このユーザーは勇気を出して調べてみたが、詳細は後ほど。
 この時計のいちばんの特徴は、見た人の半数が嫌がり、また残りの半数がつけてくれといいながら、大きなため息をついて外そうとしないことである。ふたつ目にいい点は、多くのことをこの1本に加えているにもかかわらず、とても合理的であるということだ。これは見ていてとても落ち着く。デザインのすべての要素がうまく調和しているため、その効果は完璧なほど控えめだ。
 このあいだもカルティエの「タンク」やロレックス デイトジャストなど、クラシックな腕時計をいくつか身につけた。しかし、これらの時計のどれかがブルガリより好きだとか、ブルガリより以前に身につけたモデルが好きだということはない。しかし、それらの時計はそのシンプルさゆえにクラシカルであり、オクト フィニッシモ(そして多くの同族を含む)は、クラシックでありながら革新的で、同時に少しユニークさも存在していると認めざるを得ない。オクト フィニッシモはほかとは違うが、単に突飛なだけではないということを教えてくれる時計なのである。どれだけバカでもおもしろくなれる。ずっと前からあったかのような、そして今後も残るように新しいものをつくるには、もっと多くの時間が必要だ。



 この時計を身につけると、「タンク」やデイトジャストのような圧倒的なフォーマルさを感じるとともに、大胆さや別格感も覚える。そしてこの時計(そして今、特にこの時計の話に戻るが)を見ると、家庭的ではなく、もっと自由に堂々と振舞いたいと思わせてくれる。記憶からではなくレシピから複雑な料理を作りたくなり、古道具屋で手に入れたサイドテーブルをアンナ・カステッリ・フェリエーリの赤い円筒形のキャビネットに変えて、さらにスーパーに行くときはダンスコの木靴ではなくヒールを履く。ご存じのように、私は明るくてきらびやかな時計が好きだが、この時計は打って変わって非常に地味だ。もしあなたが、口数は少ないほうがいいとか、あるいは考えてから話すほうがいいと思うような人物だったら、この時計は持っていて損はない。この時計の文字盤を見ると、重厚な雰囲気を醸し出したいという衝動に駆られるのである。
 RM UP-01のHands-On記事を執筆する機会を得てから、私は数カ月ものあいだ、ブルガリ オクト フィニッシモコレクションに夢中になっていた。そのクレジットカードのような形をした不思議な時計は、厚さ1.75mmしかなく、現在、世界で最も薄い時計の地位に君臨している。オクト フィニッシモよりはるかに高価で美しくないが、どれも決してこけにしているわけではない。RM UP-01も私のことを気にしていないことだろう。これは最も薄くするためのものであり、最も美しくあるためのものではないからだ。
 その記録保持者とのランデブーに備え、私はブルガリのオクト フィニッシモ ウルトラの記事を読んでみた。この時計はリシャール・ミルがその栄冠を勝ち取るまでのわずか数カ月間、厚さ1.8mmという世界最薄の時計として君臨していたモデルである。
 “私の”ブルガリはもちろん、ウルトラではない。チタン製のケースとバックル、ブラックオパーリンの文字盤、それに合わせたブラックラバーストラップは、完全にマットな質感を備えていて、哀願するような輝きやきらめきさえもない。さらに本来の金属であることは一瞬忘れて、その厚みが丸々と肥えた6.9mmであることも謝罪しよう。ただ申し訳ないが、GMTの演出と複雑機構を搭載しており、そういうややこしい事情もあって(ただ我々はきっと成し遂げられるだろう)ある程度のスペースが必要なのだ。だがそれでも世界最薄の自動巻きクロノグラフ時計のムーブメントであることに変わりはないため、それほどでもないだろう。

 
 このムーブメントは、自動巻きクロノグラフのムーブメントとしては最小サイズではないことを、注目している人たちのために伝えておこう。この栄誉はピゲの1185に与えられる。ピゲの1185は薄くはないかもしれないが、より小さい時計に搭載されている。
 2022年の秋頃、そう、あのリシャール・ミルを理解するために、薄型時計について読み始めたときまで、私はまったく知らなかった。薄いことがどういうことなのか、意味がわからなかったのだ。“チキンピカタを作ろう、パンパンパン、ほら出来上がり”というように、薄い時計をつくろうと決めるだけだと思っていた。薄型というのは、見た目に関するスタイルであって、時計そのもののスタイルではないと思っていたのだ。
 私は、ジャン・アントワーヌ・レピーヌ(Jean-Antoine Lépine)が人生の大半を費やして、部品を1カ所に集めて時計を薄くすることに挑戦していたとは知らなかった。垂下ブリッジと非垂下ブリッジのことも、またローター(自動巻きの時計が機能する部分)が場所を取るからRM UP-01ではローターに代わって小さな独自の巻き上げシステムを採用したことも、何もかもだ。ジュエリーを主に製造していたブルガリの人たちが、どのようにして時計をつくり始めたのか、そしてこれが得意だということをアピールする必要があったということを、私は初めて聞いた。というのも、小さいものがさらに小さくなることに胸躍る時計の世界において、薄さというものは世界に対するメッセージでもあるからだ。つまり「我々はルックスが素晴らしいだけでなく、あらゆることにおいても優れている。そうでなければ、こんなにいい時計にはならない」ということだ。
 オクト フィニッシモの製造に関するビデオを見たが、ナレーターがこの時計の世界を“ミニチュアの世界”と言っていた。
 これはどういうことかというと以下のとおりである。超薄型時計が超薄型足る主な理由は、ほかの時計と比べて純粋に部品が小さくて薄い(ただ強度も必要なためそう単純にはいかない)からだ。以前、時計の小歯車を見たことがあるのだが、それはてんとう虫ほどの大きさだった。ただしオクト フィニッシモの小歯車はさらに小さくアリくらいの大きさしかない。加えて一般的な時計は、地板やブリッジが薄い。そしてこの時計は、それよりもさらに薄い。この時計は、失礼…、シニッシモ(非常に薄い)なのだ。

 ローターをムーブメントの外周に配置し、真ん中の厚みをもたせないように配慮している。シースルーバックからこのムーブメントのローターを見ることができるのだが、裏蓋からムーブメントの一部を見てこう思ったのは初めてだ。「なぜその部分がそこにあるのか、何をするのかもわかる」と。
 ムーブメント(Cal.BVL 18)の見え方からわかる、“時計の在り方”についてもう少し考察してみたい。
 考察その1:2時位置のプッシャーを押すと、ムーブメントの左下にある小さな歯車が、反時計回りに6分ごとに1回転ほど移動する。
 よしこれだ! と思ったのが私の見立てだ。それしか見極められなかった。私が書く時計の話にはたいてい恥ずかしい部分があるが、今回はいま、その部分に突入した。
 1カ月ほどこの時計を持っていたが、“この時計はどうなっているのだろう”と思っていた私は、この3つのインダイヤルがどのようなもので、どのように機能するか理解するのにとても(操作することを考えると)うろたえてしまったため、HODINKEE Shopで活躍するマーク・ハックマンに連絡を取って、我々のどちらかが認めるよりも長いあいだ彼とバディを組んでいた。
 マークはブルガリを除く、豊富な時計をコレクションしている。我々はふたりだけのSlackチャンネルでブルガリの時計について、またどれだけブルガリの時計が欲しいかという話をずっとしていた。ただこの話をSlack上で何度もしているうちに、その気持ちがだんだんと強くなってきた。そのためそれに誘われるまま、長いあいだこれを身につけることになったのだ。
 我々のブランドに対する共通の思いから、マークはまず、この時計の前身であるジェラルド・ジェンタがデザインした1980年代のオクト・バイレトロを見せてくれた。レトログラード式の分表示とジャンピングアワーを搭載し、同じ彫刻のようなケースを採用している。この経緯を不思議に思っている方のためにいうと、ブルガリは2000年にジェンタの会社を吸収し、2014年に最初のオクト フィニッシモをデビューさせたのだ。
 その時計は本当にかっこいいけれど、この時計ほどではないねとマークと意見が一致した。
 そして、これまでずっと先延ばしにしてきたインダイヤルの調査に取り掛かった。ラバーストラップの質感を生かしたその腕時計を手に取ってみる。
 このインダイヤルのどれが何なのか、何をするのかがわからないと私は伝えた。
 マークがインダイヤルについて解説した方法はまさに天才的だった。彼は本当に私を助けてくれた。
 まずは3時位置のインダイヤルから。これは24時間表示だった。まず最初に必要なのは同期すること。当時は正午で、GMTの文字盤は4時を指していた。
 リューズを引き出して回すと、文字盤の時刻とGMTの時刻のすべての針が動いたが、9時位置のプッシャーを押して操作すると、文字盤の時間だけが動くことを知った。私は今旅行中ではないため、まずはそれらを同じ時間に合わせることから始めようと思う。9時位置のプッシャーを使って時針を動かすと、いとも簡単に操作ができた。ボタンを押すのが楽しくて、すべてがスムーズで手間もかからず、不思議な感覚に陥った。

 そして正しい時刻に戻すためにリューズを回す。さらにニューヨークへ飛んでいるふりをして、飛行機を着陸させた。午後1時から4時までの時間をクリックした。
 この瞬間まで、GMTの時計を使ったことがなかった。私の立場は基本的にこうだ。“うまく機能することを信じている、それでいい”と。この複雑な機能を使いこなせたことは、とても小さな成果だと思うかもしれないが、これを習得するのは不可能だと思っていたのに、むしろ3分ほどで終わってしまったことを考えると、効率のよさと大きな力を手に入れたと感じた。
 この感動は、前述したマークがインダイヤルの操作の順番を見事に正しく選んでくれたおかげだ。「9時位置のインダイヤルを見直そう」と彼が言うので私はそうした。「これは秒だ」。すごい。ほかのふたつのインダイヤルに圧倒されていて、この文字盤がいかに自分でもノーマークだったのか、気がつかなかった。
 我々は最初に、いちばんの難関を克服していた。ふたつ目のインダイヤルは考える必要がない。そして最後のひとつはクロノグラフだけで、それはあまり難しいものではなかった。
 これを実現するためには、4時位置のプッシャーで秒針とクロノグラフ秒針を上部にリセットする必要がある。2時位置のプッシャーを押すと針が動き出し、再度同じプッシャーを押してそれを止める。これにより、ダイヤルの6時位置に30分が設定された。マークになぜこのタイマーは30分なのか、なぜ1時間ではないのか。その方が便利ではないだろうか? と聞くと、そうしないと、歯車が大きくなりすぎるから。ただ30分というのは、何かをしているかどうかを知るには、ちょうどいい時間だと思わないかと言った。犬の散歩をしたり、冷凍ラザニアを温めたりなど。

 複雑さを感じさせないことで、時計との関係性がどう変わるのか興味がある。正直なところ、これまで私は複雑機構を持つ時計、特にボタンを押すような時計は疑わしいものとしてみてきた。恥ずかしながら覚えているのだが、以前、オーレル・バックスに「なぜ時計にクロノグラフが必要なのかわからない。バカげているね」と言った。そうしたら彼に「それなら時計は必要ないだろう」といわれ、私は「いいこというね」と答えた。現金しか使えないお店で、デビットカードで昼食代を払おうとした直前のことだったと思う。
 何を伝えたいかというと、時計を好きになるのであればクロノグラフにもハマるということも考えておかなければいけないということだ。これはとても重要なことだと思う。特に今はエル・プリメロに引かれるものがあるため、まずスタート地点に立つというのはどうだろう? 私はデイトナが好きだと思うが、どうやらそれは遊びすぎだと思う人もいるようで、そういう人はあまり気にしないほうがいいかもしれない。今の自分にとっては、この洗練された美しさから始めてよかったと思う。この時計は、複雑すぎるのは苦手だけどヒールを履いてスーパーに行くのは大丈夫かもと、準備ができている人のための複雑時計なのだ。