今市場に出ている掘り出し物のヴィンテージウォッチをお届けしよう。
ブレゲ:創造者と継承者たち、と題されたオークションがフランスのトゥールにあるオークションハウス、オテル・デ・ヴァント・ジロドーで開催され大成功を収めたようだ。出品されたブレゲの4本の時計すべてがいずれも上限予想価格を上回って落札され、関連文書も好調だった。例えばロット44のブレゲ自筆原稿(1815年)は8190ユーロ(日本円で約140万円)で落札。またロット130ではルイ=クレマン・ブレゲ(Louis-Clément Breguet)が記したスースクリプションウォッチに関する書簡(1821年)が3780ユーロ(日本円で約65万円)で落札された。ブレゲ関連の全結果はこちらから確認できる。また、エールフランス向けのノモス限定モデルは5500ユーロ(日本円で約95万円)で落札。さらにオービス刻印入りのハミルトンはeBay上で“在庫切れ”表示となっており、出品価格は638.98ドル(日本円で約9万5000円)であった。
それではBring A Loupeをお届けしよう!
1995年製 パテック フィリップ Ref.5040J イエローゴールド
近年高まる、個性的なフォルムへの需要。とりわけコレクター市場のエントリーレベルでその潮流を目の当たりにするが、トノー型ケースを採用したネオヴィンテージのパテック フィリップ、Ref.5040に注目が集まらないのは不思議でならない。この個体はケース幅が36mm、ラグ・トゥ・ラグが42.5mmという縦長のプロポーションで、装着感は実にすばらしい。カルティエやピアジェ、ベルネロンといったブランドから登場する“トレンディ”なフォルムの多くは伝統的なデザインからやや逸脱しているが、トノー型ケースは腕時計の黎明期から存在する由緒正しきスタイルのひとつだ。
とはいえこのシェイプは賛否が分かれるものの、手首の上部に自然にフィットする形状であり、個人的には今後人気が再燃すると見ている。実際ここ半年ほどでコレクターたちはトノー型ケースに徐々に引かれはじめており、5040よりも上の価格帯ではパテックの5013へ、下の価格帯ではフランク ミュラーのトノウ カーベックスといったモデルへと広がりを見せている。にもかかわらず5040は依然として相対的に評価が低いままなのだ。
同リファレンスは昔からあまり注目されてこなかった。パテック フィリップの傑作永久カレンダー である3940と並んで展開されていたにもかかわらず、5040は当時も今も継子のような扱いである。両者は自社製Cal.240 Qを搭載し、ダイヤルデザインの随所にも共通点が見られる。だがもし王道から少し外れた希少性の高い1本を求めているなら、完璧だが退屈とも言える3940より5040のほうが断然おすすめだ。同じように見事なバランスで設計されたダイヤルデザインに、ブレゲ数字とポム(ブレゲ)針を備えるという個性的な意匠が組み合わされている。そして価格帯はおよそ2万~3万ドル(日本円で約290万~435万円)と控えめな設定だ。実際、私はこの時計を買うことで節約になった。もしそうでなければ、もっと高価な時計を買っていたに違いない。時計好きなりにうまくそろばんをはじいたつもりである。
だからこそ、もしあなたが3940はいかに完璧かという賛辞ばかりを耳にしてきたなら、ぜひこの控えめな5040にも目を向けて欲しい。よりクラシカルかつトラディショナルなこの“兄弟機”がもたらしてくれるのは、ネオヴィンテージのパテックが持つ魅力そのものだ。ダイヤルには経年変化によるクリーミーなトーンが漂い、ケースサイズもよく考慮された絶妙なバランス。マイクロローター仕様の極薄永久カレンダームーブメントは、歴代でも屈指の完成度を誇る。しかもこの複雑機構を備えた時計を実際に見たことのある人はほとんどいないという希少性をも併せ持っている。
販売元はロンドン...ではなくブライトンに拠点を構えるウォッチ ブラザーズ ロンドン(Watch Brothers London)のベン氏。この初代シリーズのパテック 5040Jを、2万9950ポンド(日本円で約590万円)で販売中である。詳しくは彼のウェブサイトから。
1970年代製 ヴァン クリーフ&アーペル トータスダイヤル イエローゴールド製、 ジェラルド・ジェンタ作
ヴィンテージウォッチの世界において、ヴァン クリーフ&アーペルは隠れた存在とも言えるブランドだ。もちろん同社はジュエリー、特にアルハンブラコレクションで広く知られているが、かつてはカルティエやブシュロンと並んで本当に驚くべき腕時計を手がけていた。この時計は、コラボレーションという言葉が今のように広く使われる前にヴァン クリーフ(Van Cleef)とジェラルド・ジェンタ(Gérald Genta)のパートナーシップにより生まれた、まさに先駆的な1本だ。
ロイヤル オークとノーチラスという2本の傑作を手がけていれば当然のことだろうが、1970年代後半になるころには、ジェンタはすでに名の知れたウォッチデザイナーとなっていた。そして彼の手がけた時計を見ているかぎり、どうやら彼は今回のように自らデザインした時計を小売店に売り込むようになったのではないかと思われる。
多くはユニークなケース形状を持ち、天然素材を取り入れていた。彼がデザインしたエルメスのウッドケースがその好例だ。これまでにもこうした小売店とのコラボレーションによるジェンタデザインに数多く出合ってきたが、特定のデザインが大量に存在することはまずない。それぞれのデザインは多彩だが、生産・販売された本数は非常に限られていたのだろう。
この個体はクッションケースとパテックのエリプスを掛け合わせたようなルックスで、ほかのジェンタ作品同様、ひと目でそれとわかる個性を放っている。この時期のジェンタデザインは、ポールルーターやロイヤル オークといった商業的成功を収めたモデルから、自身の名を冠したブランドで展開された1980〜90年代の個性的でファンキーなデザインへと移行する過渡期にあたるようだ。どのモデルも時計デザイン史のなかで欠かせない存在だが、ダイヤルに刻まれたヴァン クリーフと記されている点がなおさら魅力を引き立てている。ダイヤルはトータス柄のアセテート(編注;べっ甲模様が特徴のセルロイドを基にした素材)製で、タイガーアイのような風合いを持つ。
販売元はカナダのトロントに拠点を置くディスクリート ピーコック(Discreet Peacock)のドゥシャン氏。このVC&A×ジェンタのモデルを6499ドル(日本円で約95万円)で販売している。詳細は彼のウェブサイト、あるいは私が見つけたアプリ、PUSHERSから。
2000年代製 カルティエ タンク アメリカン ミディアムサイズ Ref.1720 イエローゴールド製
カルティエの魅力とは、そのタイムレスなドレススタイルにある。かつてHODINKEEのライター陣のあいだで、使用禁止ワードリストなるものが出回り、“タイムレス”もそのひとつに含まれていた。だがそのリスト作成者には申し訳ないが、もし例外をひとつだけ認めるとしたらそれはカルティエを形容する場合に限るべきではないだろうか。こんな前置きをしたのは、このカルティエが2000年代のものでありながら、実際に手首に着けたときの存在感がまるで40年から80年前の時計のように感じられるからだ。だからこそ、今回この記事に登場することになったのである。
カルティエ タンク アメリカンは1989年に発表されたモデルで、1921年のタンク サントレを“現代的”に再解釈したものとして登場した。技術面でいえば、ブランドが初めて曲線状の防水ケースを採用したモデルだ。より厚みのあるブランカード(編注;仏語で担架の意、縦枠を強調した直線のケース)を備えたアメリカンは、その名のとおり力強く自己主張のあるアメリカ市場を意識してデザインされている。
1920年代から1960年代のヴィンテージ サントレを何本も手に取ってきた経験から言うと、オリジナルのサントレは特に“ジャンボ”と呼ばれる最大サイズになると非常に繊細なつくりを持つ。もちろん、アメリカンのほうが優れていると言うつもりはない。だが実際の装着感において、アメリカンはサントレの持つ雰囲気を受け継いでいる。ただし、アメリカンがサイズアップされたときに限って、そのサントレらしさが薄れてしまうのは確かだ。
Ref.1720はミディアムサイズのタンク アメリカンであり、ときにレディースモデルと誤って呼ばれることもある。確かにクォーツムーブメントを搭載してはいるが、正直なところ1972年以降にカルティエをムーブメント目当てで購入するコレクターはほとんどいない。加えて、クォーツ仕様となることでこの時代のアメリカンは秒針を持たず、結果としてサントレにいっそう近い印象を与える。だが最大のポイントはやはりサイズ感にある。ケースは幅22.5mm、縦41.5mmで、ヴィンテージの“ジャンボ”サイズである9リーニュのサントレ(23mm×46mm)と、8リーニュのミディアムサイズ(20mm×36mm)のちょうど中間に位置する絶妙なプロポーションだ。これこそまさに、昔カルティエがつくってくれていたらとは思わずにはいられない、理想のヴィンテージ サントレだ。
マサチューセッツ州メッドフォードのeBayセラーが、このカルティエ タンク アメリカンを即決価格6500ドル(日本円で約95万円)で出品している。詳細はこちらにて。
購入時注意:1951年製 ブレゲ イエローゴールドケース プゾー260搭載
ご存じのとおり、ブレゲは今年で創業250周年を迎えた。この節目を記念して、重要なヴィンテージブレゲを手に入れたいと考えている方もいるかもしれない。ちょっと辛辣かもしれないが、少なくともこの1本ではないことを願う。もちろん理想を言えば、すべてのヴィンテージウォッチにはそれぞれふさわしい持ち主がいる。だが最低限、この時計がどういうものであるかをきちんと理解したうえで検討して欲しい。
eBayでこのアイテムを見かけたとき、思わず身を乗り出した。というのも、1970年代以前のブレゲが私の保存検索に引っかかることなど滅多にないからだ。しかしサムネイルを見た時点で、これは怪しいと気づくべきだった。詳細を確認すると、まずダイヤルの仕上がりに不安を覚えた。とくに気になったのは、植字されたアラビア数字が分目盛りに不自然に近すぎる点。ブレゲの名を冠する時計にしてはこれは明らかにおかしい。
“でもリッチ、この出品者は『完全オリジナルで、洗浄やリフィニッシュ、リペイントは一切されていません』と書いてるじゃないか”と言いたくなるかもしれない。確かにそう書かれている。それこそが問題なのだ。1950年代の時計であれば、ダイヤルがリペイントや修復を受けている可能性は高い。それ自体が悪いのではないが、それを隠したりオリジナルだと真逆の内容で売り込んだりするのが問題なのだ。ちなみに私がGoogleでたった5秒検索しただけで、1996年にアンティコルムで出品された別個体、ブレゲNo.466が見つかった。こちらも別の誤ったリペイントダイヤルが施されていた。まったく困ったものである。